第8話「まるで子供のように喜び、目を輝かせ、浮き浮きしてしまう」

1週間後……


アガットの町への往復輸送依頼遂行の出発日の当日、朝の4時少し前。


ロックとグレゴリーのクランステイゴールドは、サフィールの商業街区にある、

ルナール商会本店へ、指示された時間よりも若干早めにやって来た。


先述したが、ルナール商会に近いロックのアパートにグレゴリーも泊まった。


リディから、遅刻しないよう時間厳守だとしっかり釘を刺されていたからだ。


さてさて!

リディの言った通り、こんなに早い時間は当然営業時間外。


ルナール商会と記された大きな看板の下にある、

両開きの頑丈かつ重厚な巨大木製扉は固く固く閉ざされていた。


だが、打合せ通り、ロックとグレゴリーが扉を数回軽くノック、


「おはようございます! お疲れ様です! 初めまして! クランステイゴールドです!」

「おはようございます! 初めまして! ロック・プロストとグレゴリー・バルトです。朝早くから、大変お疲れ様です!」


と声を抑えめにあいさつしつつも、はっきりと名乗れば……


リディから連絡が行っているのだろう。


ぱっと、魔導灯が付き、朝もやに包まれたふたりをまぶしく照らした。


そして扉の高所にある大きなのぞき窓が音もたてずにゆっくりと開き、

社員らしき誰かが、魔導灯に照らされたロックとグレゴリーをじろりと見る。


多分、ふたりの容姿もリディからは、ちゃんと連絡が行って、

しっかりと周知されているに違いない。


まるで「確かに、クランステイゴールドだな」と言うように、

ふたりを見た社員は即座に無言で頷いた。


更にロックとグレゴリーがリディの指示通り、

預かった彼女の名刺と自分達の所持する冒険者ギルド所属登録証を、

高く掲げて見せると、ようやく扉が開き、

見れば中では商会の社員が、大勢で待っているのが見えた。


扉を開けた社員から、中へ入るように言われ、入ってから扉が閉められると、

念の為、ロックとグレゴリーは再び、預かった彼女の名刺と、

自分達の所持する冒険者ギルド所属登録証を掲げて見せた上で、

はきはきとあいさつをする。


「おはようございます! お疲れ様です! 初めまして! クランステイゴールドです!」


「おはようございます! 初めまして! ロック・プロストとグレゴリー・バルトです。朝早くから、大変お疲れ様です!」


すると、ふたりのあいさつに社員達が即座に反応、


「「「おはようございます! 初めまして! ステイゴールド様! 朝早くから、お疲れ様です!」」」


と声を張り上げて返して来た。


ロックは指示通りに告げる。


「誠に恐縮ですが、営業部長様はいらっしゃいますか? アガット支店へ輸送する御社の荷物の検品及び受け取りに参りました。お手数をおかけしますが、お手続きとご確認をお願い致します」


すると、グレゴリーに勝るとも劣らない、

ガチムチの体格をした40代後半くらいのイケメン中年男が、

社員達の中からすっと抜け、進み出た。


「ははははは! おはようございます! 初めましてステイゴールドさん! 貴方がロックさんか! 私がルナール商会本店営業部部長、マティアス・バシュロです。おお、そちらがグレゴリーさんか、聞いていた通り、鍛え抜いた良い身体をしていますなあ」


ルナール商会の本店営業部長、マティアス・バシュロさんか。

どんな人だと気になっていたのだが、思った以上にフレンドリーのようだ。


この分だと、今回の仕事は上手く行きそうである。


ロックとグレゴリーが、言われている通り、名刺、所属登録証の、

3度目の提示をしようとした瞬間である。


何と何と何と!!


「ロックさん、グレゴリーさん、おはようございます! お疲れ様です! もう私の名刺、各自の所属登録証の提示は不要ですわ」


聞き覚えのある透き通った声が社員達の後ろから響いたのだ。


「「え!?」」


思わず声が出たロックとグレゴリー。


「リ、リディさん!!??」


「ど、どうして!? こ、こちらに!? 所用があったのでは!?」


そう!

社員達の後ろから颯爽と現れたのは、

金髪碧眼のすらりとしたスタイル抜群なクールビューティー、

冒険者ギルド業務担当職員リディ・ブランシュであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


グレゴリーの問いに対し、リディはしれっと笑顔。


「はい、もう昨日のうちに所用は済ませました。ロックさんとグレゴリーさんは、ルナール商会の社員様達とは初顔合わせで初仕事です。で、あれば今回の仕事がスムーズに行くよう、担当の私が立ち会い、フォローするのは当然です」


リディの言葉を受け、本店営業部長のマティアスが反応。


「ははは、お嬢様は責任感がとてもお強い方ですからな」


え!? お嬢様!? リディさんが!? 

そして本店の営業部長が彼女へ敬語って!?


大いに驚くロックとグレゴリー。


すかさずリディが一喝。


「こら! マティアス!」


「も、申し訳ございません! く、口が滑りました!」


実は……今回の依頼を受ける経緯に関し、勘の鋭いロックは違和感を覚えていた。

一介のギルド職員にしては、リディの持つ権限が強すぎると感じていたのだ。


しかし、これで謎が解けた。


本店営業部長を呼び捨てにして叱り、お嬢様と呼ばれるのは……

多分リディは、ルナール商会にとって極めて近しい存在、

『身内』の人間なのだろう。


とここで、潔くリディは種明かし。


「ロックさんはお気づきになったようですね? バレてしまったのならば、仕方がありません。ここだけのお話で今後は内密にして頂きたいのですが、私の父がルナール商会の副会頭、祖父が会頭を務め、私自身も社外理事を務めております」


うわ!

凄いカミングアウト!


リディさんが偉い人の身内だと思ってはいたが、それ以上の身内だった!

ルナール商会トップの孫娘じゃないか!!


でも……国外にも支店を数多持つ最大手商会の孫娘が、

何故に冒険者ギルドの業務担当職員を!?


そんなロックの疑問に答えるかのように、リディは話す。


「私、プラティヌ王立大学を卒業後、当商会で2年間商人修行をし、その後、一旦退社。異業種で人間観察と人材発掘を行う為に冒険者ギルドへ入りました。姓がブランシュなのは、ちまたで私の身元が簡単に分からないよう母方の姓を名乗っているからです」


な、成る程!

極めて簡単な説明だが、謎が解けた。


で、あればリディさんの本名はリディ・ルナールか!


つらつら考えるロックへリディは更に言う。


「今回のアガットへの輸送案件は、私が以前から祖父と父へ提案していて、了承を得ていました。もしグレゴリーさんが現れなければ、気にかけていたロックさんを当商会へ、ヘッドハンティング。荷物持ちとして入社させ、アガット行きの商隊馬車に乗せて同行させる予定でした」


成る程!

超大型空間魔法を習得している俺がルナール商会の商隊に同行すれば、

荷物を積む馬車の台数は極端に少なくなるし、

合わせてスタッフも、護衛を含めたほんの少人数で済む。


イコール、コストの大幅削減、利益の大幅増加、手間の軽減。

そして俺という人材の補充、か……


大胆な発想に加え、計算し尽くした隙がない緻密なプラン、

さすが最大手商会会頭の孫娘、リディさんは超が付く切れ者だ。


「しかし予定は未定とは良く言ったものです。ロックさんは私がヘッドハンティングする前にリリースされ、想定外の魔法射撃を極め、巷で大評判になりました。その噂を聞きつけ、何とロックさんの欠点を補うグレゴリーさんが登場。状況はガラリと変わり、結果、クランステイゴールドが誕生しました」


解き放たれた?リディの口調は滑らか、話は更に続く。


「ロックさんの空間魔法が私達の想定よりも大規模なのが発覚し、輸送量の大幅な増加が生じる。ロックさんの魔法射撃習得による護衛の削減、グレゴリーさんの快足と持久力でアガットへの運搬日数の大幅な短縮等々。数多なメリットが見込める理由から、クランステイゴールドへ、アガットへの輸送案件を依頼するのは、会頭、副会頭とも文句なく賛成し、必然だという結論となりました」


「ふう」と息を吐いたリディは、


「以上で補足説明は終了です。時間も押していますので、アガット支店行きの輸送商品の検品と搬入を行いましょう! さあ、マティアス! 部下達と倉庫へ行きましょう! ロックさん達と作業に入って! 当然、私も立ち会います!」


こうして……リディ・ブランシュ、

否!リディ・ルナールの隠された秘密が判明。


倉庫へ移動し、マティアス、社員達とともに、

検品、『搬入』作業に立ち会ったリディは、

数多の商品が検品されつつ、ロックの超大型空間魔法の行使で、

煙のように、ぱっぱっと、あっさりと消えるのを目の当たりにし、大いに驚嘆。


「わあ!! 私の想像以上に凄いわあ!!」


まるで子供のように喜び、目を輝かせ、浮き浮きしてしまう。


一方、消えた荷物の行方?を心配したマティアスへ、

「念の為、確認です」とロックが今度は『搬出』


再度、荷物を簡単に出現させ、大いに安心、再度驚嘆させると……


大が付く興奮状態のマティアスも、


「おお! お嬢様のおっしゃった通り、ロックさんの超大型空間魔法は素晴らしいを通り越し、凄すぎます! アガットの支店長へは、クランステイゴールドが本日出発し、荷物を納品するべくそちらへ行く。逆にそちらの荷物をステイゴールドへ託し、本店へ納品するようにと、この後、魔法鳩便の速達で送っておきます」


と上機嫌で返された。


その後……ルナール商会本店の室内で、

リディ以下社員達の見送りを受けたロックとグレゴリーは、

目立たぬように歩き、午前5時の開門とともに、そっと王都サフィールを出発。

300㎞離れた町アガットへと向かったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る