第6話「はい、私なら融通がききますので」
善は急げ!という言葉がある。
鉄は熱いうちに打て!という言葉もある。
意味は、善は急げ!が、
良いと思った事は、ためらわずただちに実行するべき。
鉄は熱いうちに打て!とは、
関心や情熱がある内に行動する事の重要性を示す。
ふたりで新たなクランを結成した!という高まった高揚感を熱量として、
クローズドな場所で内密の打ち合わせをするべく……
ロックとグレゴリーは、急ぎ冒険者ギルドへ戻り、改めて小会議室を借り、
誰にも聞かれないよう、ふたりきりで打合せをおこなった。
ふたりで力を合わせ、互いの弱点を補い、
外敵を排除し、スピーディー&スムーズに依頼を遂行する、それが基本スタンス。
先ほどリディが依頼すると言った、
プラティヌ王国王都サフィールにある最大最大手のルナール商会からの発注。
ルナール商会の商品他を、王都サフィールから約300㎞離れた町、
アガットへの輸送依頼を請け負うという前提で、綿密に作戦を立てたのだ。
ロックの空間魔法は、搬入、搬出の言霊を詠唱し、対象物をイメージすれば、
自由自在に出し入れが可能。
また亜空間へ放り込むので、術者本人へ容積、重量の影響は全くない便利なもの。
上手くやれば、通常の商隊よりも、
コスト、時間、人手、手間等々がかからないと良い事づくめだ。
なんやかんや相談し、何とか作戦は立案された。
但し、これは悪く言えば机上の空論。
あくまでも成功を前提にして、良い結果をイメージしているに過ぎない。
ロックとグレゴリーは互いに気持ちだけは折り合ったが、
実際に対処した際、動作が上手く折り合うとは限らない。
それを解決する為の答えはひとつ、スムーズに折り合う為に、
そしてミスのリスクを少しでも減らすには、訓練あるのみ、である。
考えるよりまず動け、と誰かが言っていた。
これはケースバイケースで、正しくもあり、間違いの場合もある。
今回は充分考えたので、後は実践を徹底するだけ。
まずは、グレゴリーに移動手段役となって貰う訓練。
実際にロックがグレゴリーにおぶさり、そのまま歩いたり、
速度を変えながら走ったりをする。
「恐れ多くも騎士爵家の子弟へ馬のような役回りをお願いしてごめんなさい」
と平身低頭で詫びたロック。
対して、
「いえ、それが俺の役目ですから」
とグレゴリーは意に介さず「当たり前だ」と言わんばかりの笑顔だ。
というわけで、ロックとグレゴリーは、
冒険者ギルド特製の人間用魔導しょいこを購入。
普通の人間用しょいこは、乗り手が背を向けて座る仕様だが、
この人間用魔導しょいこには馬役の相手へ装着する特別な肩あてが付いており、
乗り手は馬役の肩へ手をかけ、おぶさるような形で、ぴったり収まる仕様。
当然、転落しないよう、乗り手の身体はハーネスでしっかりと固定される。
乗る手順を慎重に確認しながら、ロックが魔導しょいこへおぶさり、
身体をハーネスで固定し、肩あてをつかむと、グレゴリーはまずゆっくり歩く。
ここでロックの乗馬経験が多少役に立った。
まっすぐ進め、速度徐々にアップ、速度急ぎアップ、全速力で進め、
速度徐々にダウン、即座に止まれ、一時停止、バック、左右へ移動、静かに待機、
等々の決めておいた合図を練習で送る。
対して、グレゴリーは「全て理解している」と返事を戻した。
そんなこんなで、トラック外で準備を整えたふたりは、
走るべく、ギルドの専用闘技場のトラック内へ。
「行きますよ、ロックさん。先ほど確認した合図通りに走りますから、遠慮せず俺へ指示を出してください」
「了解です!」
ロックを背負ったグレゴリーは、トラックを軽快に駆け続け、
走行速度も時速30㎞から全速の時速50㎞を試した。
身体強化魔法を使わず、自己申告だが、時速50㎞を出しても10㎞走れるというのは、もはや超人といっても過言ではない。
何故、前所属のクランが、方向音痴解消の手を尽くさず、
逸材たるグレゴリーをリリースしたのか、ロックには不可解だ。
多分、いろいろな巡り合わせが悪かったとしか想像しようがない。
そして背負われたロックは、予備の魔力増幅用ノーマル魔法杖で空撃ちをし、
移動しながら襲って来る敵を撃つニュアンスをつかむ練習をし続けた。
革鎧のガチムチ大男が
やたらと目立つ。
そんなふたりを見て、
「おいおい、むさくるしい大男が魔法使い男をおんぶして走り回り、何をしているんだ」「気持ち悪い奴らだなあ」「変人同士じゃね?」「あんな事してもどうせ何も出来やしねえよ」などとあざ笑う者達も居たが……
そんな雑音はお構いなしに、懸命な訓練は続いた。
最後は、グレゴリーばかりに頼りきりなのも、いかがなものか、なので、
ロックも走り、グレゴリーも付き合って並走という形。
ただ相変わらず鈍足ですぐに疲れてしまうロックであった。
改めて自分の体力の無さに、へこんだロックだが、
負けじと、これからの走り込みを決意する。
そして午後5時に終了。
ロックは馬役を担ってくれたグレゴリーをいたわる。
「グレゴリーさん、本当にお疲れ様です。身体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、ロックさん、これくらい俺は全然平気ですよ」
「良かった! 明日の朝リディさんへ連絡後、クランの結成手続きが早く終わったら午前中と午後通しでこの訓練を、遅くなって昼飯をギルドの食堂で食べたら、午後だけ訓練をやりましょうか」
「ええ、そうですね!」
「俺は移動しながらの魔法射撃のイメージは掴み、はっきりと手ごたえを感じましたが、グレゴリーさんはどうです? 見たところ速度の調整はばっちりですね」
「はい! さっき言ったように、これくらいの走りでは体力も全く問題ないですし、速度の制御は完璧です。あともう少し意思疎通の訓練は必要だと思いますが、ロックさんの出す合図通り、ほぼ動けますよ」
「おお、素晴らしい! では明日トラックで訓練を行ったら、次は王都の外でやってみましょう。魔物が出たら、俺が射撃してみます」
「はい! 了解です!」
充実感にみちあふれたふたりは、晴れやかな表情で言葉を交わしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、朝一番でロックとグレゴリーは、リディへ申し入れ、
クランステイゴールド結成の申し込みをし、すぐに受理された。
既に確認済みではあったが、念の為、改めてリディがふたりの身分を確認。
やはりというか、両名とも『自由契約』扱いとなっており、
保有権を持つクランは皆無、新たなクラン結成には何の問題もナッシングであった。
さてさて!
書類の手続き後、3人はギルドの小会議室で打合せを行う。
「リディさん、迅速なお手続き、ありがとうございます。これでクランステイゴールドが正式に発足します」
ロックが代表し、礼を述べると、
「はい、ロックさん、おふたりが必ず組むと私は確信していましたから、昨日からスタンバイしておりました。ステイゴールドとは良きクラン名ですね」
麗しきリディは、いつものように淡々とした口調で、しかし笑顔で返す。
「早速、おふたりがギルドの闘技場で訓練を行っていたと係員からは聞きました」
ロックとグレゴリーの行動をリディは把握しているようである。
自分がマッチングしたから気にしているのであろうか。
「おふたりとも気合充分のようですが、先日お話ししたルナール商会様ご発注の輸送依頼は、クランステイゴールドとして受諾出来そうでしょうか?」
この問いには、クランリーダーのロックが答える。
昨日、グレゴリーから、クランリーダー就任を頼まれ、一旦は固辞したものの、
どうしても何度も何度も懇願され、遂には押し切られてしまったのだ。
「いえ、リディさん、勝手を言い、申し訳ありませんが、後1週間時間をください。まだグレゴリーさんとは組んだばかりですので、野外での実践訓練を経た上で受諾したいと思います。それに詳しい仕事内容もお聞きしたいです」
覚悟を決めて、クランリーダーに就任したロックの物言いは、落ち着き払い、
堂々としたものであった。
ロックは更に言う。
「ですが、これはあくまでもこちらの都合と希望ですから、そんな無理や勝手を申し上げて、クライアントのルナール商会様の方は大丈夫でしょうか?」
対してリディは即座にきっぱり。
「はい、それは全然大丈夫です」
「え? 全然って!? だ、大丈夫なんですか?」
「はい、私なら融通がききますので」
「え!? 私なら!? ゆ、融通!? ど、どういう事でしょうか?」
「……いえ、何でもありません。今のは忘れてください。ですが、間違いなく、1週間後の受諾でも全然大丈夫です。先様には受諾するにあたり、クランステイゴールドは万全を期すのでと伝えますから」
今回の輸送の依頼について、リディは何か隠している?
よくよく考えれば……
ロック、グレゴリー、ふたりのマッチングの打合せにおいて、
結成前提での依頼が用意されているのは不可思議だ。
それにこの依頼は本来、上級ランカー向けの依頼である。
……しかし、余計な詮索は愚の骨頂。
ルナール商会は、この国一番最大手の名の通った商会だし、
依頼の内容に関して、不当な部分が無いよう、ギルドの審査もあるから全く心配はないだろう。
「わ、分かりました! では早速、依頼のご説明を先にお聞きしたいのですが」
「了解しました。では、ロックさん、そしてグレゴリーさんも、今ここで、すぐのご説明でも宜しいでしょうか?」
「「はい!」」
という事で、リディは今回の輸送依頼の説明を開始したのである。
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