第2話 僕が僕になるエクササイズ

 仕事帰りの夜、僕は再び古書店を訪れた。その店の空気は、どこか懐かしく、僕の胸を不思議と温めてくれる。前回購入した本がきっかけで変わり始めた自分を思い出しながら、新しい本を探していると、目に止まったのは「感情の力とエネルギー」というタイトルの本だった。


 店主が柔らかく微笑みながら言う。

 「それもきっと、あなたに必要な本だと思いますよ。」


 その夜、僕はその本を読みながら、感情というものについて考えた。


 感情とは、僕を守るための本能

 本にはこう書かれていた。


 「感情は、命を守るためのシステムであり、過剰なエネルギーを秘めた原動力だ。」


 怒りは敵から守るため、恐怖は逃げるため、不安は未来を予測するため――感情がなければ、僕たちはここまで生き延びることはできなかったのだと。本を読み進めるうちに、僕はふと気づいた。


 「そうだ、感情は僕を振り回しているわけじゃない。僕を守ろうとしてくれているんだ。」



 しかし現代では、この感情のエネルギーが過剰になることがある。危険から逃れる必要がない日常で、この過剰な力が暴走し、僕たちを疲弊させるメカニズムになるのだ。本にはその対処法として「踵呼吸」というエクササイズが紹介されていた。


「不安なとき、緊張しているときは、つま先に力が入りがちになる。踵をしっかりと大地につけ、そこから呼吸を意識すること。それが、心身の安定を取り戻す鍵だ。」


僕は、すぐに試してみることにした。



 床に立ち、踵に意識を集中させる。そして、大地から息を吸い上げるようなイメージでゆっくり吸い込み、足の裏を通じて湧泉のツボから吐き出すように意識する。


 「踵で呼吸をするって、変わった感覚だな……」


 最初はぎこちなかったが、続けていると、不思議なことに身体全体が安定していくのを感じた。呼吸を通じて、足元から湧き上がる感覚が僕に安心感をもたらす。



 このエクササイズをする中で、僕は気づいた。過剰な怒りや不安に囚われていたのは、それが「僕を守るため」だったのだ。けれど、守られすぎて、逆に身動きが取れなくなっていた。


 「感情は敵じゃない。僕を支えてくれるものなんだ。」


 その夜、踵呼吸を繰り返すうちに、僕の中でふっと緊張が解けた。感情のエネルギーを自分でコントロールする感覚が、少しずつ芽生えた気がする。



 感情を受け入れ、そのエネルギーを正しく使うこと。それが、「僕が僕になる」ための鍵なのだと僕は気づいた。


 怒りは行動の力に、

 不安は準備の力に、

 悲しみは癒しの力に変える。


 僕の中に湧き上がる感情は、僕自身が生きている証であり、そのエネルギーを使いこなせるのは僕だけだ。


 翌朝、僕はまた新しい一日を迎えた。踵でしっかり大地を感じながら、一歩一歩進むたびに、自分が生きているという感覚が胸を満たしていく。


 「感情があるおかげで、僕は今日も生きられる。」


 その思いを胸に、僕は静かに呼吸をした。

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