第5話 初めてのトキメキ

 イアンは実に有能である。

 

 さらに半月が経ったところ、ヴァイオレットの評判がすっかり回復した。


「ねぇ、あれを聞いたか。まさかヴァイオレット様があんな行動を取ったのはイアン様のためだったの」


「私も聞いたわ。イアン様との恋を守るためでしょ!」


「ええ、イアン様を気遣い、男性も参加するお茶会を断って、時々公務をサボったのもイアン樣と遠いところでこっそり会うためらしいわ」


「使用人たちに散々言われたのに、イアン様の評判を守るため、頑としてイアン様の名前を出さないの」


「悪いところもあるけど、まさかヴァイオレット樣はこんなに芯のある人間とは思わなかった。ちょっと見惚れたわ」

 

 休憩時間の使用人たちがあれこれ情報を交換した。

 

 これこそイアンの策だ――自分の人気をうまく利用して、ヴァイオレットの名誉を挽回した。

 

 彼女に非がないと主張するのではなく、むしろ非――それもイアンのために犯したもの――があるからこそ彼女の人間らしさがアピールできて、屋敷の人間がそれで納得した。

 

 また、イアンはヴァイオレットはどのタイミングで、殿下とどのように恋に陥るのを知っているため、事前に手回しして効率よくかつ正当な方法でヴァイオレットと殿下とのイベントを一々回避した。

 

 何もかもが順調に進んでいる。

 

 ラストステップ——それは舞踏会を主催し、そこで二人の恋を水面上に浮かせる作戦である。殿下はお互いに想い合う相手がいる女性をわざと狙うような人間ではないはずだ。

 

 しかし、二人が本当に愛し合うと思われるように、カップルのフリをする練習は不可欠だ。

 

 そこで、ミアは初めて苦い気持ちを知った。

  

「ところが、ミア。最近はどうだ。いい体験できた?」

 

 最後の日の練習が終えた頃、イアンはミアに声をかけた。


 「それはもういっぱいあります!」そう聞かれて、変なスイッチが入ったように、ミアは異常に饒舌となった。

 

 大雨の日にこの間の二人のメイドに屋敷の外側に閉じ込められ、びしょ濡れになったというような人間関係のことから、庭に出た時、毒キノコを誤食して幻覚を見たというような奇妙なことまで一気にイアンにぶっつけた。


「そっか。相変わらずいい趣味だね」


「もちろんいいこともたくさんありますよ!」


「さっき言ったのはどんでもないことという自覚があるようだな」イアンは言って、珍しく笑った。

 

 そんなイアンを見て、ミアは少し小恥ずかしい笑みをこぼして、続けた。


「ここ最近初めて友達ができて、初めて街に出て、初めて買い物して……とにかくいろんな初めてをいただきました」

 

 だが、そのうち、ミアが唯一言えなかったのは、初めてのドキドキだった。

 

 イアンが作戦に参加してから、以前よりも頻繁に会った。ミアはいつも無意識にイアンを視線で追い、しばらくして、ようやくこれは恋だと気づいた。

 

 しかし――


 イアンとヴァイオレットがお似合いすぎて、いっそフリではなく、本当に付き合ったらよかった、とミアもよくそう思っている。

 

 ミアは生きている喜びを感じつつも未曾有みぞうな煩悩にやられてまくった。


 イアンが公務に戻ったら、今度はヴァイオレットがミアに声をかけた。


「本当にこれでいいの?」


「えっ?」


「だって、ミアはイアンが好きだろ」自分の感情が言葉にされて、ミアの顔が一気に赤くなった。


「そ、そんなこと」反論しようとしても、乙女のような反応はもう事実を物語った。


「そうだ!ミアにいいものを」ヴァイオレットは引き出しからポーションらしきものを取り出した。


「元々は他人のフリをして城外に遊びにいくために用意した変身薬だが、ミアにあげる」


「私に?」


「明日の舞踏会、ミアが行けば?」


「え――――?!」

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