第3話 始めてのいじめ体験
そのあまりにもひどいあだ名が出た瞬間。ミアは少しビクッとした。
「別邸の人間はなぜここに?」
「イアン様に……」
「ちょっと!」その名前が出る瞬間、話が遮られた。メイドたちは甲高く声でミアを問い詰めた。「イアン様に何の用?」
「イアン様と会う予定があります」
「なっ!?」二人の顔がさらに険しくなった。
「あんた、偶然イアン様に助けられただけで、調子乗るな!」怒りに満ちた同僚を、もう一人が制して、
「まぁ、一回ぐらいいいんじゃない。どうせまた死ぬだろう」とミアを嘲笑った。
こんな仕打ちをされて、ミアの肩は微かに震えている。
「あら、これで泣くの?」
確かに、ミアは泣いている。が、悔しい涙というより、喜び涙なのだ。
「私、感動します」
「……え?」それを聞いて、相手側が思わず間抜けな声を発した。
「まさかこんな夢にしか出てこない経験ができるなんて」よく見たら、ミアの目が変に輝いている。「いい体験できて嬉しいわ」
「何なんだよ、気持ち悪い!」
「もういい!」二人は勝負に勝って試合に負けた気分となって、道を開こうと、ワゴンを乱暴にミアの方向に押し付けてその場を去った。
そして、後ろからイアンの声がした。
「いつもどんな夢見てるの?」
「イアン様!」
「本邸のメイドが失礼しました。後で善処する」イアンの目から微かな寒気が漏れている。
「えっ、それはやめてください!せっかくの人生だから、何もかも体験してみたいですわ!」
「健気だね」イアンはミアの考えが理解できないものの、それはそれで面白いと思った。
「ところが、ヴァイオレット様の部屋に案内しようと思ったが、どうやら貴女は自力でたどり着いたようだ」
やはりここはヴァイオレットの部屋だ。
イアンはドアを叩こうとする時、扉がそっと開いた。鮮やかな赤い髪が無造作に肩にかかって広がり、か弱く可憐なヴァイオレットがそこにいる。
「おや、ヴァイオレット様、ちょうどよかったです」イアンがわざと前に一歩進んで、圧をかけた。「今日もお部屋に引きこもるおつもりでしたら、力ずくでもお嬢様に部屋から出ていただこうと考えておりますから」
「ひぃぃぃぃ」ヴァイオレットは悪魔を見たかのように後ろに倒れかけた。今回のヴァイオレットもやはり悪女とは程遠い人間である。そして、まともに食事を取らないせいか、過ごしやつれたようにも見える。
「イアン様……言い方」
「ヴァイオレット様、紹介させていただきます。別邸で働いているミアです」
「ご、ごきげんよう。さ、先ほど、庇ってくれてありがとうございます」ヴァイオレットは呼吸を整い、礼儀正しくミアに向けて礼を言った。
「そんな!恐れ多いでございます!」まさか先にヴァイオレットに感謝されたとも思わない、ミアは気が動転して、深くお辞儀するしかできなかった。
「ふーん、今回は泣かないか……ご主人に礼を言われて、感激のはずでは?」イアンはどこか他人事のように言った。
(タイミング!)ミアが内心でつっこんだ。
「あ、頭を上げてください」ヴァイオレットは優しくミアの手を取って、「ここに来てから、ミアは初めて私に親切してくれた人なの。そ、その、もしミアが良ければ、わ、私の専属メイドになってくれないか?」
まるで好きな人に告白しているかのように、ヴァイオレットの頬が赤に染められた。そんな彼女が愛しくて、後ろに無数の花びらが舞い上がっている錯覚すらある。
「もちろんです」ミアは即答した。
「い、いいですか?イアン様」ヴァイオレットの潤い目がイアンに向けた。
「ヴァイオレット様がそうしていただきたいのなら、手続きをさせていただきます。また、何度も申しあげましたが、このイアンに対して、様は不要です」
「ご、ごめなさい!」
「お詫びも不要です」
「は、はい!」
そのままではいつまでも自分の目的が果たせないから、
「あの!」と、ミアは急いでイアンとヴァイオレットの謎会話に割り込んだ。「ぜひヴァイオレット様にお礼をさせていただきたいです!」
「えっ、私に?」ヴァイオレットは無邪気な目でミアを見る。
「実は――」
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