第2話 始めて本邸に行く

 どうやらヴァイオレットは婚約破棄のことに耐えられず、途中で逃げたそうだ。


 いきなり婚約破棄されるのはつらいだろうけど、はみんなやり抜けた。


 逃げたヴァイオレットは別邸へとやってきて、どこかの部屋に隠したので、イアンは他の使用人たちと一緒にヴァイオレットを探しにきたわけだ。


「……お嬢様もイアン様も大変ですね」そう言って、ミアは何を考え込んだように少しの間をあいて「でも、ヴァイオレット様はループのことご存知ないでしょ?」


 ループのことを知らない人に、おかげで死亡回避しましたと言うのも変だ。


「それはそうだね」イアンが頷いた。「とはいえ、言ってはいけないルールがない。……むしろ、今まで誰もヴァイオレット様に事実を言おうとしないほうが不思議だね……」イアンは盲点に気づいたように少し吟味した。


「まぁ、それはともかく、礼を言いたければ、僕が手配しようか?」


「本当ですか!」


 ちょっとそっけないところもあるが、イアンは実に気の利く人とミアは思う。

「明日の休憩時間で僕の勤務室にきてください。今はゆっくり休んで、明日にはすぐ仕事に復帰してもらおうから」イアンがそう言って、軽く会釈し、ミアの部屋を出た。


 本邸への帰り道で、


「ベットで横たわることだけでそんな顔になる、か?」イアンは意味ありげにつぶやいた。


◇◆◇

 

 年に一回ほど本邸に行くとはいえ、ミアは本邸に行ったことがない。イアンの勤務室に行くのももちろん初めて。その上、本邸の大きさはおおよそ別邸の二倍。

 

 案の定、いくつかの角を曲がったら、ミアは行くべき道を見失った。


 とりあえず勤務室のある三階に上がって、二人のメイドがワゴンを推して、ある部屋の前に止まった。


「お嬢様、どうかドアを開けてくださいませ!」


 どうやらヴァイオレットに食事を持ってきたらしい。


「今日も開けないか……」メイドの一人が呟いた。


「もういい加減してほしいわ」もう一人のメイドがため息して文句を言った。「初めてじゃあるまいし、もう百回目だよ」


「そうだわ」


「それにさぁ、婚約破棄されたら王太子殿下に出会うだろ。全然悪いことなんてないじゃない?」


「本当に困っているもんね」


 ヴァイオレットの部屋の前なのに、二人のメイドはまったくはばからず、そのまま場にふさわしい言葉を交わしている。


「あの!」思考が追いつく前に、ミアの声が先に走った。「お嬢様のことをそういうふうに言わないでください!」


「はぁ?」急に声がけられた二人が呆れたようにミアのほうを見る。


「皆さんにとっては百回目かもしれないが、お嬢様にとっては初めてじゃないですか?」ヴァイオレットの置かれた状況に感情移入する部分もあるが、恩人を庇う気持ちが一番大きい。


「なによ!あんた何様のつもり?」


 向こうは殺気立ちして、骨の底まで凍り付いた目付きでミアを睨んでいる。


「というか、あんたは誰?見ない顔じゃない」


「新入りのメイドか?」


……ではないですが、あながち間違っていない、うん……定義難しいなぁ」ミアは向こうの威勢にまったく圧倒されなく、勝手に別のことを考えている。


とにかく自己紹介しよう。


「ミアと申します」


「ミア……」一人のメイドがこの名前を聞き覚えがあるように繰り返した。そして何を思いづいたように、


「なんだ。別邸の哀れなじゃない?」と言って鼻で笑った。 

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