第45話 無菌室

「ふぅ………」


 薄暗い病院の廊下を、コツコツとヒールの音をたてて、女性が歩いている。

 無菌室の前で立ち止まり、ヘッドフォンをつける。


「こんにちは」


 さわちゃんらしき女性が、無菌室にいる女性に話しかける。


『こんにちは、そっくりさん』


 ベッドから、上半身を起こした女性の毛が無い。


「案外、元気そうね」


 みくこちゃんが、言うと、


『やめてよ。めちゃくちゃしんどいわ』


 肩で、息をしながら、苦笑いするさわちゃん。

 頭を、なでる。


「そうよね。早く、そのツルツルの頭に、さわりたいわ」


 ガラス越しに、冗談を言うみくこちゃん。


『ウフフ。キスしてもイイよ』


 まんざらでもないさわちゃん。

 命の恩人に、心を許す。


「アハッ、キスでもなんでも、やってあげるわ」


その頃



「あのさ、アトラフィルさん」


 アファエルが、放課後に話しかけてくる。


「えっ、なに改まって」


 ビックリするじゃないの。


「うん」


 少し、うつむくアファエル。


「わかった。お腹が痛いんでしょ?」


 話題を変えようと、冗談を言うわたし。


「なんで、そうなるんだ」


 ちょっと、ムキになるアファエル。


「違うんだ?」


 いたずらっ子っぽく、笑うわたし。


「いや、この前の焼き肉は痛い出費だったけども」


 苦笑いするアファエル。


「ごちになりました」


 ペロッと、舌を出すわたし。


「あっ、いえ」


「で、なんなの?」


 と、わたしが聞くと、


「もう少しで、夏休みじゃん」


 なにやら、テレながら言うアファエル。


「うん、そうよね」


 夏休みって、なんだか懐かしい響きね。


「それでさ。みんなで、海に。そう海水浴に行かないかって」


 しどろもどろに、話すアファエル。


「えー、イイわね。新しい水着を、買わないとな」


 なんだか、テンションあがってきたわ。


「うん、それで───」


 と、言いかけるアファエルに、


「で、なんで二人っきりじゃあなくて、みんなと一緒に行くの? あっ、あれだ。みんなの水着姿が見たいとかそういうことなんじゃないの?」


 つっこむわたし。


「いや、違う違う。そうじゃない」


 強く否定するアファエル。


「じゃあ、なんでよ?」


 強く言うところが、逆にあやしいわ。


「あいつが、さわかどうか、確かめたい」


 小声で言うアファエル。


「えっ、まだ疑っていたの?」


 もう、疑ってないと思っていたのにね。


「まぁ、そうだな」


 頭を掻くアファエル。


「でも、全くそっくりなんだし、本人が認める以外で、明らかにする方法ってあるの?」


 そこが、一番のネックよね。


「ある。っちゃあ、ある」


 悩みながら言うアファエル。


「へぇ、どうやって疑いを晴らすつもりなの?」


「………さわの右腰のあたり」


 ボソッと言うアファエル。


「えっ?」


 なにを言っているの?


「腰の、あたりにホクロがあれば、さわで間違いない。無かったら、みくこだ」


 断言するアファエル。


「ホクロ………確かに、それは決定的なものになるわね」


 さすがに、そこまで似せるとは思えない。


「だろ?」


「それで、どうやって確認するつもりなの?」


 まさか、アファエルが脱がす気かな。


「それは、その。アトラフィルさんが、さわを海へ誘って、その時、オレがホクロを確認すれば」


 段取りを説明するアファエル。


「えっ、ちょっと無理がないかなソレ」


 腕組みするわたし。


「んッ? なんで?」


 ビクッとなるアファエル。


「だいたいさ、それってさわちゃんがビキニを着る前提で、考えてるでしょ?」


 アファエルの考えを言うわたし。


「あぁ、まぁ想定ではそうなるけど」


 その通りだと言うアファエル。


「でも、ワンピースタイプの水着なら、計画が総崩れよね」


「むぅ………たしかに」


 腕組みするアファエル。


「そうなった時に、どうするか考えないといけないじゃん」


 まぁ、誘って来るかって問題もあるけどね。


「うーん。それじゃあ」


 なにかを、ひらめくアファエル。


「えっ、なに」


数日後



「一緒に、買い物するなんて、久しぶりじゃないアファエル」


 さわちゃんを、買い物に誘ったアファエルとわたし。


「そうだよな」


 アファエルが、わたしをチラッと見る。


「特進クラスは、忙しかったよね。よく乗り越えたね」


 労を、ねぎらうわたし。


「アハッ、ありがとう」


 屈託のない笑顔を見せるさわちゃん。


「さあ、最後は水着を買おうよ。今度、海に行く時のさぁ」


 そう、わたしが言うと、


「えっ、ちょっと予算的に」


 少し、モジモジするさわちゃん。


「じゃあ、お姉さんが買ってあげる」


 背中を押す為に、わたしがお金を出すと言うと、


「わー、イイの?」


 不安そうに聞くさわちゃん。


「うん、イイよ」


「ありがとうな、アトラフィルさん」


 申し訳なさそうに、笑うさわちゃん。


「うん。ファッションショーの開幕よ!」


 わたしが、手を左右に開いて試着室に、さわちゃんを誘う。


「こんなのどう?」


 カーテンが開くと、ワンピースタイプの水着を着ているさわちゃん。


「うーん。若いんだしヘソ出したら?」


 やっぱり、一発勝負を避けてよかったわ。


「えぇーッ。下腹が、ちょっと気になって」


 また、モジモジするさわちゃん。


「イイのイイの。ねぇ、アファエル?」


 アファエルを、見るわたし。


「うん。あー、そうそうもう少し出したら」


 なんとか、背中を見ようとするアファエル。


「そうかなー。アファエルが、そう言うなら」


 カーテンを、閉めるさわちゃん。


「これ、着てみて」


 すかさず、カーテンの隙間から、ビキニを差し入れるわたし。


「これぇ。イイけど」


 しぶしぶ納得するさわちゃん。


「アファエル」


 親指を立てるわたし。


「うん」


 アファエルも、親指を立てる。


「どうかな?」


 カーテンを開くと、ビキニを着たさわちゃんがポーズをきめる。


「うん、イイねコレ。どう、アファエル?」


 アファエルを見るわたし。


「うーん、ちょっと後ろ向いてくれると」


 体を、くねらせるアファエル。


「ビーチまで、おあずけーーーー」


 カーテンを、閉めるさわちゃん


「チッ」

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