第3章

第15話 辻堂

「ウフフ」


 海をのぞむ坂道を、ゆっくりと登っていくわたし。

 キラキラ輝いてキレイね。

 海が。


「アファエルには、内緒で仕事やめちゃったけど、今度会った時は、ビックリするだろうな」


 生まれ変わって、新しい人生を生きることにした。


「ここね。イイところだわ」


 目の前に、広い土の校庭が広がる。

 そこを通って、建物の中に入ると、


「おはようございます」


 折り畳み式の長テーブルがあり、その側に1人立っている。

 テーブルの上にある印刷物を、1枚手にとり、あいさつしてくる女性。


「あっ、おはようございます」


 頭を下げるわたし。

 関係者の方かな。


「入学された方ですね」


「はい」


「おめでとうございます。この紙が、今日のスケジュールですので、なくさないように」


 印刷物を、わたしに手渡す。


「はい。あの、どこで待っていればイイでしょうか?」


 待合室みたいなのが、用意してあるのかな。


「とりあえず、集合時間まで校舎の中でお待ちください」


 右手を、肩の位置で広げる女性。


「はい、ありがとうございます」


「ここって、元々は高校の校舎だったのよね」


 内装が、そのまんま残っている。


「なんだか、学生の頃に戻ったみたい」


 少し、感傷的になっていると、


「えっ!?」


 角で、鉢合わせになる。


「あっ」


 どこかで見た男が、目の前にいる。


「なんで」


 アファエルが、目を丸くする。


「アファエル!? こっちこそ、なんで?」


 ここって、ジェットモービルのジョッキーを養成する学校よね?


「ヤバい」


 わたしに会うのが、都合が悪かったのか、一目散に逃げていくアファエル。


「ちょっとぉ」


 教官にでも、なったっていうことなの?


「ふぅ、あっぶねぇ。なんで、アトラフィルさんがいるんだよ」


 心臓が、バクバクいうアファエル。


「まぁ、しばらく隠れていようかな」


 周囲を警戒しつつ、時間をつぶすアファエル。

 この後は、クラス分けの実技がグラウンドで行われるのだが、アファエルはもう普通クラスと決められているので、出る必要がない。


「あぁ~………」


 渡り廊下で、眼下に実技をして、グラウンドの土を赤黒く変色させて飛んでいる生徒を見ていると、


「なんちゅう顔をしとるか三浦」


 ふと、背後で声がする。


「あっ、望月さん。来てたんすね」


 なぜか、望月さんがそこにいる。


「ああ。お前が本当に来るか見に来た」


 腕組みして、にこやかに笑う望月さん。


「そりゃまぁね」


 頬づえをついて、生徒たちを眺めるアファエル。


「どうだ。今年の新人は?」


 望月さんも、覗きこむようにグラウンドにいる生徒たちを見る。


「う~ん。特に目立つようなのは、いないっすね」


 つまらなそうに言うアファエル。


「そうか? 何人か、チラホラ実力がありそうなのがいるぞ」


 指示通り、機体を前後に動かす生徒。


「もっと、強烈な操縦を見せるようじゃないと、成長は望めませんね」


 上から目線のアファエル。


「辛口だねぇ。まあ、お前の操縦は入った時から、めちゃくちゃだったからな」


 口角を上げていじる望月さん。


「言わないでください。まぁ、そのおかげで特進クラスの中で、一目おかれる存在になりました」


 恥ずかしそうに笑うアファエル。


「あぁ。実際、お前は速かったよ。レースでもケンカでもな」


 懐かしそうに、遠くを見る望月さん。


「あっ、あの子コケそう」


 パニックで、操作をあやまる生徒。


「話を、そらしやがったな」


 苦笑いする望月さん。


「あーあ。あの子は向いてないぞ」


 ケラケラと、笑うアファエル。


「まぁ、そう言ってやるな。みんな空が好きで集まった仲間だろ。違うか?」


 鼻で笑いながら、つっこむ望月さん。


「オレは、ただのスピード狂さ」


 自重するアファエル。


「そうか、そうだったな」


 天をあおぐ望月さん。


「ああ。クラス分けが終わったみたいだな」


 生徒たちが、ゾロゾロと校舎に戻ってくる。

 あきらかに、肩を落とす生徒も、見受けられる。


「おう。みんな、お前の顔を見て、ビックリするぞ」


 ざまぁみろと言う顔をする望月さん。


「みんな、オレのことなんて忘れ去ってるよ。そう言えば、さっき知り合いがいたな」


 首を、横に振るアファエル。


「まさか、追っかけか?」


 殊勝なファンも、いたもんだとあきれる望月さん。


「まさか。そんなことが………うん」


 考えこむアファエル。


「心あたりが、ありそうだな」


「なんか、オレがレースに復帰するのを、待ちわびた人なんだ」


 アゴをなでるアファエル。


「そいつはスゲェな。それで、その子は彼女か?」


 詳しく聞きたい望月さん。


「うぐっ。まだ、彼女じゃねぇよ」


「ハッハッハ、ねぇ」


 大笑いする望月さん。


「今のオレじゃあ、なんにもしてやれねぇからな」


 肩を、すくめるアファエル。


「あー、たしかにな」


「もう一回、レースに復帰して、そしたら」


 空を、見上げるアファエル。


「おいおい。そんな悠長なことを言ってたら、別の男に取られちまうぞ。それでもイイのか?」


 発破をかける望月さん。


「イイわけないだろ」


「それなら、早いうち付き合ってくださいって言うんだよ! 人生は短いぞ」


 しみじみと言う望月さん。


「そんなの、言われなくたってわかってる」


「いいや、わかっちゃいねぇ。おい、そろそろクラスに行かないとヤバいぞ」


 最初の授業が始まる。


「あっ、そうですね。今日は、わざわざありがとうございます」


 一礼するアファエル。


「あぁ。まぁ、がんばれや」


 アファエルの背中を叩く望月さん。


「はい!」

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