第2話

いつからか、母が帰って来なくなった。他に恋人を作ったらしい。私たちは捨てられた。あれだけ宝物だと宣っておきながら、私たちは呆気なく見捨てられたのだ。

 ちょうどその頃からだった。父がマシロに暴力を振るい始めたのは。母が出ていった腹いせに蹴り、酒を用意していないからと殴り、その顔が気に食わないと頬を叩いた。私は見ていることしかできなかった。優しかった父が目を吊り上げてマシロを罵倒し暴力を振るう事が。いつも笑顔だったマシロの顔が歪んでいくのが怖くて、目を閉じ、耳を塞いだ。その手が、言葉がこちらを向く事が怖くて体を小さくして身を守った。

「あいつが!お前が出ていくから!俺はこうなったんだ!」

 早くこれが終わるようにと祈った。

「ちくしょう、なんで俺ばっかりこんな目に!」

 祈って、祈って、

「金も稼げない癖に、俺に口答えしやがって!」

 祈って、祈ってようやく終わった。蹴られ、踏みつけられ罵倒される、それが終わった。酒が回って眠りに落ちたらしい。起きぬうちに早くマシロの手当をしなければ……。

「マシロこれでほっぺ冷やして……それから鼻血はティッシュで拭こう」

 ”それからえっと”と考えているうちにマシロがポツリと呟いた。

「ミツキはさぁ、父さんのこと好き?」

 「え?あぁ、うーんどうかな。今のお父さんはあんまり好きじゃないかも」

 ”そっか、そうだよね”と少し泣きそうな顔で笑った。今のお父さんは別人なんじゃないかと思うほど酒に溺れ、母に縋りついている。だからだろう。マシロばかり殴られるのは、罵倒されるのは、彼女が母にに似ているから。私が見向きもされないのは、父に似ているから。だから。だから私はマシロを守れないんだろう。

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