クインシー第7章:決意の朝
クインシー 第7章①:波打ち際の思索
夜の帳が静かに島を包んでいた。
波が穏やかに打ち寄せ、薄雲の切れ間から覗く月が水面を柔らかく照らしている。
クインシーは浜辺に腰を下ろし、波の音に耳を傾けながら、深い思索に沈んでいた。
瞼を閉じると、これまでの記憶が次々に甦る。
石畳の冷たい部屋で繰り返された過酷な訓練。
血と汗に塗れながら、痛みも涙も押し殺してきた幼い日々。
「感情は弱さの証」
それは幾度も叩き込まれた言葉。
潮風が頬を撫でる。
その冷たさが、かつての記憶をより鮮明に呼び覚ます。
裏切りが蔓延する世界。
他人を蹴落として生き延びるしかなかった環境。
心を閉ざし、感情を捨て去ることでクインシーは強くなった。
感情を持つことは弱点を作ること。
誰かを信じることは死に直結する。
それは彼の中に深く根を張り、骨の髄まで染みついていた。
しかし。
「自分の心に正直であれ」
シルヴェスターのその一言は、クインシーの人生を根底から覆した。
硬く凍てついた心に、確かな変化を起こした。
「…守りたい」
波音に乗って、クインシーの呟きが響く。
自分の口からこぼれ出た言葉に、自分自身が驚く。
波のさざめきと共に浮かぶ、トリアの笑顔。
優しさと献身、無条件の信頼。
これまで触れたことのない温もり。
彼女の笑顔を思い浮かべるたび、胸の奥で暖かさが広がる。
長く眠っていた、守りたいという想いが、自分の中で目覚めていく。
かつての自分なら、即座に否定したはず。
だが今、それは確かな感覚をともなって、彼の中に広がる。
波が打ち寄せては返す。
雲間から差す月光が、水平線を銀色に染める。
クインシーは、己の中で起きている変化を受け入れようとしていた。
弱さではない。
逃げ道でもない。
これは、選択なのだ。
「トリア。君だけは、絶対に俺が守る」
口に出したその言葉には、これまでの彼にはなかった強さがあった。
クインシーが初めて、自分自身の意思で選び取った誓いだった。
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