クインシー 第6章④:震える心
クインシーに抱き寄せられたトリアは目を覚ました。
すぐ側には、ナイフを構えた臨戦体制のクインシー。
そしてその向こうには、全てを理解したシルヴェスターの姿があった。
ついにこの隠れ家が見つかってしまったのだと、トリアは悟った。
「シルヴェスターさん、どうしてここが…」
シルヴェスターは一瞥してトリアの無事を確認すると、再びクインシーへと視線を向けた。
クインシーは一歩も動かず、更に警戒を強める。
緊張で強張った筋肉が、全神経で相手の動きを捉えようとしている。
だがシルヴェスターは、クインシーの警戒をものともしない。
「クインシー、お前に聞かせたい話がある。かつて、私も魔術師教会エニグマを裏切った」
シルヴェスターの声は低く、重い。
「エニグマ内で私は実力者と目されていた。魔術の道を極め、教会の幹部たちも私の存在と影響力を無視できなかった。しかしトリアを守るために、私はその全てを捨てた」
シルヴェスターの瞳に宿る覚悟には偽りのない重みがあり、15年の歳月を経てなお揺らぐことはなかった。
しかし、クインシーはまだ刃を収めることはできない。
「裏切りは決して容易ではない」
シルヴェスターは間を置いて続ける。
「特にお前のように、組織にすべてを捧げてきた者にとっては、自らの存在を全否定するに等しい苦痛を伴う」
「俺に、そんな勇気があるとでも?」
クインシーの声が震える。
反発、そして深い動揺。
「勇気とは、最初から与えられるものではない」
シルヴェスターの声がクインシーを導くように響く。
「状況に追い詰められた時、そして誰かを守りたいと強く願った時に、初めて生まれるものだ」
その言葉はクインシーの心を更に深く揺さぶった。
だが、幼い頃から植え付けられた、かつての裏切り者たちの過酷で悲惨な末路の幻影。
それが容易に彼を解放することはない。
「俺には…わからない…」
クインシーはついに、構えたナイフを取り落とした。
両手で頭を抱え、床に膝をつく。
震えるクインシーに、トリアは心を締め付けられる思いで彼を抱きしめた。
「クインシー、あなたは一人じゃない。私たちがいるわ。だから時間をかけて、ゆっくり自分の道を見つけてほしいの」
「今はそれでいい。焦らず、自分の答えを見つけろ」
シルヴェスターは続けた。
「だがいずれの道を選ぶにせよ、自分の心に正直であれ。そしてお前が選んだ道がどんなものであろうと、私はそれを尊重する」
クインシーは答えることができなかった。
シルヴェスターの示す道は、彼にとってはいばらの道だ。
ただ、自分を抱きしめるトリアの腕の暖かさに、今まで凍りついていた何かが確実に溶け始めているのを感じていた。
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