クインシー 第5章②:崩壊する信頼
クインシーは息を切らしながら、チームTRANSCENDAにたどり着いた。
全身は冷や汗で濡れ、シャツが背中に張り付いている。
心臓は今にも破裂しそうなほど激しく脈打ち、肺は火のように熱い。
ジャンカルロの冷酷な声が、まだ耳の奥で反響している。
腕時計は深夜の2時を指している。
街灯に照らされた窓ガラスに、自分の蒼白な顔が映っていた。
「ここなら…」
そう思い込もうとする自分に、どこか虚しさを感じる。
安全な場所などもうどこにもないことは分かっている。
それでも、心の奥底では仲間たちの温もりに、最後の希望を見出そうとしていた。
作戦室のドアを開けた瞬間、異様な空気が漂っているのを彼は感じ取った。
普段は温かな光に包まれているはずの部屋が、今は青白い蛍光灯の下で、不気味な静寂に支配されている。
部屋の中央には、ユージーンが厳しい表情で立っていた。
その背後を半円を描くように、チームのメンバーが並んでいる。
ロイの鋭い眼差し、ニコラスの冷たい視線。
そして最も辛かったのは、ハロルドとトリアの、悲しみと困惑の入り混じった表情だった。
「クインシー」
ユージーンの声は静かだが、重みを持っていた。
「君に、確認させてもらいたいことがある」
「何だよ、ユージーン…」
明るく振る舞おうとする声が、自分でも気持ち悪いほど上ずっている。
額から流れ落ちる汗を拭おうとした手が、わずかに震えていた。
ユージーンは静かに一枚の写真を取り出した。
蛍光灯の光を反射する光沢紙の表面に、決定的な瞬間が焼き付けられている。
シャドウベインの男と言葉を交わすクインシー。
場所は裏路地、日付は一週間前。
明確に写し出された、影に潜んで密談する姿。
「違う!これは…!」
パニックに陥るクインシーを庇おうと、ハロルドが一歩前に出た。
「待ってくれユージーン、これにはきっと何か理由が…」
しかし、その言葉は空しく宙に消える。
何枚もの写真が次々とテーブルに広げられ、それぞれが全て、シャドウベインとの接触を示していた。
弁解の余地など、どこにもない。
「私たちは君を信じたい」
ユージーンの声には深い悲しみが滲んでいた。
「だからこそ、君自身の口から真実を聞かせてほしい」
その言葉が、クインシーの心を深く切り裂いた。
信頼していた仲間たち、特にハロルドとトリアの視線が、今や鋭い棘となって胸を貫く。
幼い頃からシャドウベインの恐怖による支配の下で生きてきた自分には、彼らが与えてくれた温かさは、あまりにも眩しすぎた。
その光がいま、完全に消えようとしている。
背筋を流れる汗が、まるで氷の雫のように冷たい。
視界の端が歪み、頭の中で警報が鳴り響く。
喉が締め付けられ、呼吸すら困難になってくる。
両足が震え、膝が折れそうになる。
それでも必死に立っていようとする体に、更なる冷や汗が滲む。
心の中で、謝罪の言葉が紡がれる。
仲間たちへの、ハロルドとトリアへの謝罪。
だがもう、口にする機会さえ失われていた。
これで全てが終わる…そう思った瞬間、暗い絶望の底で、彼の何かが反応した。
過酷な訓練を生き延びた生存本能が、理性を押しのけて浮かび上がる。
全身の筋肉が、逃走態勢へと切り替わっていく。
クインシーの手が徐々にジャケットの内側へと伸びていく。
その動きを、チーム全員が固唾を飲んで見つめていた。
彼らの表情に浮かぶ失望と悲しみが、クインシーの心をさらに深い闇へと突き落としていく。
一線を越える決心と同時に、全てを失う絶望が心を満たしていく。
絆、信頼、希望、それら全てを捨て去る瞬間。
クインシーの心は完全に砕け散った。
「…くそっ!」
一瞬の静寂が破られる。
クインシーの目には、もう人間としての尊厳は残されていなかった。
ただ生きるためだけの本能が、その瞳を光らせていた。
突如、彼の体は野生動物のように跳躍した。
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