クインシー 第5章:裏切りの夜
クインシー 第5章①:死刑宣告
◇ ◇ ◇
※本節には一部残酷描写が含まれます。ご注意ください。
◇ ◇ ◇
裏社会を支配する、巨悪犯罪組織シャドウベイン。
漆黒の闇に包まれた、本部の最上階。
壁一面がガラス張りの巨大な窓からは、都市の夜景が一望でき、街の光が遥か下方で煌めいている。
オフィスの重厚な調度品や、壁に掛けられた古めかしい絵画の一つ一つが、支配者の力を象徴していた。
「入れ」
ジャンカルロの声に、クインシーは重い扉を開けた。
既に手の震えが隠せない。
幼い頃から叩き込まれた恐怖が、全身の細胞を縛り付けている。
かつて目にした数々の拷問と処刑の光景が、鮮明な記憶となって蘇る。
内臓を引き裂かれ、骨を砕かれ、それでも死にきれずに苦しむ仲間たちの姿。
喉から吐き出される血沫。
耳をつんざく悲鳴。
その度に、ジャンカルロは冷酷な笑みを浮かべていた。
ジャンカルロは静かに言った。
「最後の忠誠心とやらを見せに来たか」
クインシーはジャンカルロの執務室の中央に立っていた。
足が震えるのを必死に抑えながら、床に膝をつく。
冷や汗が背筋を伝い落ち、シャツが肌に張り付く。
心臓の鼓動が早まり、それを抑えようとすればするほど、更に激しく脈打っていく。
月明かりが照らす室内で、ジャンカルロの姿は机の向こうに暗い影となって佇んでいる。
その鋭い眼光は、まるで猛禽類が獲物を見据えるように、クインシーの心の奥底まで貫いていた。
視線から逃れようとしても、体が凍りついて動かない。
「申し訳ありません…ボス」
自分の声が、まるで他人のもののように虚ろに響く。
喉は乾き切り、舌が顎に張り付いていた。
「言い訳は無用だ」
ジャンカルロは冷たく言い放った。
「お前は列車奇襲計画を事前に報告しなかった。Destrion計画を流出させた責任は重い。せいぜいそのちっぽけな命で償うことだ」
ジャンカルロの声は静かだったが、その言葉の一つ一つが氷の刃となってクインシーの心臓を突き刺す。
幼い頃から、彼はシャドウベインの構成員として生きることだけを教え込まれてきた。
組織への服従は彼の存在意義そのものだった。
絶対的な支配者から死を宣告される恐怖に、内臓が凍りつく。
「ボス、どうか話を聞いてくれ。あの時は…」
声が震え、言葉が途切れる。
口の中が乾き切り、まともに言葉を紡げない。
目の前が霞み、視界の端が歪んでいく。
頭の中で無数の警報が鳴り響く。
全身の筋肉が逃げ出すことを求めて痙攣し、全身の震えを抑えることができない。
ジャンカルロは侮蔑の眼差しを向ける。
「お前の言葉に価値などない。お前はもう、組織の駒としてすら用をなさない」
だが同時に、彼の心の奥底では別の感情が渦を巻いていた。
強く、生きたいという本能。
服従と生存本能が互いに引き裂き合い、意識そのものが真っ白になる寸前だ。
「ボス…お願いだ…最後にもう一度、俺にチャンスを…」
微かに震える唇から、怯え切った声が漏れる。
両足はすでに感覚を失い、冷たい汗が額から滴り落ちる。
ジャンカルロはゆっくりと立ち上がった。
月光に照らされた表情には、残虐な笑みが浮かんでいた。
「今ここで処刑してもいいが、望み通りひとつチャンスをくれてやる。狩りの始まりだ、少しでも長く俺を楽しませろ」
その言葉が引き金となり、クインシーの体が反射的に動いた。
パニックに陥った動物のように、理性も思考も放棄して、扉へと駆け出す。
「逃げてみせろ」
ジャンカルロの声が背後から追いかけてくる。
「お前の最期がどれほど愉快な見世物になるか、楽しみにしているぞ」
冷笑が廊下に響き渡る。
その残虐な笑いは、まるで死神の鎌のように首筋に迫り、更なる冷たい汗が背中を伝い落ちる。
心臓が喉元まで跳ね上がり、呼吸が乱れ、視界が歪む。
それでも足は止まらない。
全身の筋肉を限界まで酷使しながら、クインシーは暗い廊下を全速力で駆け抜けていく。
「これが…これが裏切り者の末路なのか…」
すすり泣きのような嗚咽を漏らしながら、クインシーは闇の中へと消えていった。
背後に立つジャンカルロの影が、これから始まる「狩り」の恐ろしさと残酷さを予感させた。
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