ハロルド 第8章③:ABYSS再臨
しかしジャンカルロは最後の切り札を持っていた。
空気さえも凍てつく緊張感が、あたりに広がる。
ジャンカルロは右腕を天に掲げた。
「全てを消し去る。この醜い世界もろとも、無に帰すのだ」
彼の目は狂気に染まり、口元には冷酷な笑みが浮かぶ。
「時は来た!」
その瞬間、天井を突き破るような轟音が響き渡った。
建物全体が不気味に震動し、闇よりも深い、得体の知れない存在感が空間を満たしていく。
それは生命そのものを否定する、底知れない恐怖だった。
「これは…!」
シルヴェスターの顔から血の気が引く。
「まさか、30年前の…!」
――ABYSSの再臨。
世界を滅ぼす力を持つ絶望の怪物が、いま、その姿を現した。
それは人知を超えた、形容しがたい姿をしていた。
漆黒の巨大な体躯は、まるで動く闇のようだ。
頭部とおぼしき場所には、赤い眼のようなものがおぞましく光る。
その存在は、空間そのものを支配していた。
周囲の温度が急激に低下し、呼吸さえもがままならない。
黒い霧が辺りに広がり、床には侵食の痕が残る。
闇から発せられる低い唸り声は、耳に届かずとも、心の奥底の恐怖をえぐり出す。
黒い霧は外へと漏れ出し、窓の外の空を染め上げていく。
世界そのものが、ゆっくりと死に絶えていく。
姿を完全に現すと、ABYSSはその眼から赤い光を放った。
光が触れた場所は次々と崩れ落ち、瓦礫が無数の破片となって宙を舞う。
その光景は、世界の崩壊そのものを具現化していた。
「人類に希望などない」
ジャンカルロの声が冷たく響く。
「お前たちの、人間の愛も、絆も、全ては幻想だ。ならばいっそ、全てを滅ぼし尽くす!」
その言葉に応えるかのように、ABYSSが唸り声を上げる。
その音波は建物全体を揺るがし、床や壁には無数の亀裂が走った。
音が耳を突き刺すように響くたび、身体中の力が抜けていく。
「体が…動かない…」
ニコラスが膝をつく。
「意識が…遠のく…」
ユージーンの声が消えかける。
「これで…終わりなのか…」
クインシーの瞳から光が失われていく。
ABYSSの放つ波動は、希望を打ち砕くだけではなかった。
それは人の生きる意味そのものを奪い、魂を深い虚無へと引きずり込んでいく。
人間の持つ感情、愛情、怒り、悲しみ、喜びが、まるで意味のない幻のように思えてくる。
闇の存在がこの空間を支配しているという事実が、言葉にならない恐怖を増幅させる。
ABYSSは存在そのものが絶望の塊であり、それを感じ取るだけで心の奥底が崩れていく。
轟音と共に、ABYSSから放たれた一撃がメンバーたちを吹き飛ばし、建物の窓という窓は衝撃で粉々に砕けた。
風が激しく吹き荒れ、全ての終わりを告げるように、不吉な音が鳴り響く。
遠くには稲光が走り、夜空さえもが絶望の闇に包まれていた。
黒い雨が降り始める。
希望を打ち砕く絶望の雨。
その冷たさは体の芯まで染み込み、雨に打たれた者はみな凍てつく。
誰もが、深い深い諦めの中へと沈んでいく。
「俺たちの戦いは…無意味だったのか…?」
ハロルドの声が虚ろに響く。
しかし、その時。
「まだ終わりじゃない!」
トリアの声が響いた。
彼女の手は、いつの間にかハロルドの手をしっかりと握っていた。
決して諦めないという彼女の意志だった。
「ハロルド…どうか、あなたと私の力を…もう一度信じて!」
その瞬間、トリアの体から白い光が溢れ出した。
それはハロルドの魂と共鳴するように、優しく、しかし力強く輝き、ABYSSの黒い霧を切り裂いていく。
「トリア…」
ハロルドは彼女の手をより強く握り返す。
「ああ、俺たちなら、必ずやれる!」
ハロルドの心の中に、再び炎が灯るのを感じた。
それは消えかけていた希望の光。
二人の絆が作り出す強い意志が、彼を絶望の淵から引き上げたのだ。
ABYSSの威圧感がなおも空間を支配する中、ハロルドとトリアの光だけが闇を切り裂く希望の道となる。
二人の瞳には、決して折れない強い意志が宿っていた。
ハロルドの声はABYSSの波動を押し返すように響き渡る。
「この世界はきっと美しくなれる。俺たちがその礎を築く。だから、俺たちは世界を守るために戦う!」
トリアが叫ぶ。
「愛は、絆は幻想なんかじゃない。それを信じているから、私たちはここにいる!」
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