ハロルド 第6章④:真の友情

 しばらくの沈黙が流れた後、クインシーが最初に笑い出した。

 それは最初、小さな噴き出しのような笑いだったが、次第に大きくなっていき、ついには全身で笑い転げるような笑いに変わっていった。

 その笑いには、長年抱えてきた重荷から解放されたような、どこか切ない響きがあった。


 「何がおかしいんだよ」


 ハロルドは呆れたが、クインシーの笑いは不思議とハロルドにも伝染した。

 次第にハロルドの口元も緩み、気がつけば二人して星空の下で大笑いしていた。


 「はは…本当に…何やってんだ、俺たち」


 クインシーは涙を拭いながら言った。

 その涙が笑いによるものなのか、それとも別の感情によるものなのか、もはや彼自身にも分からなかった。


 「お前さ、なんでこんなにしつこく俺を追いかけてくるんだよ。普通なら見捨てて当然だろ?」


 「当然って…」

 ハロルドは夜空を見上げながら言った。


 「そんなの、誰が決めたんだよ。俺たちは一緒に戦ってきたじゃないか。Velforiaで出会った時から、お前は俺の相棒だろ?」


 相棒という言葉が、クインシーの心に深く刺さった。

 シャドウベインでは誰も彼をそう呼ばなかった。

 組織の中では皆、互いを道具としてしか見ていなかった。


 「バカだな、お前は」


 クインシーは声を震わせながら言った。


 「俺はスパイだったんだぞ。お前を騙して、組織に引き込もうとしていた。そんな俺を…」


 「だから何だよ」


 ハロルドは真っ直ぐにクインシーを見た。


 「確かにお前はスパイだった。でもあの夜、一緒に街を守ろうぜって誓った時の気持ちは、本物だったはずだ。俺にはそれが分かる」


 クインシーの胸が締め付けられる。

 シャドウベインで教え込まれた冷徹さも、スパイとしての仮面も、全てがハロルドの真摯な言葉の前で溶けていくようだった。


 「くそっ…」

 クインシーは顔を覆った。


 「お前、なんでそんなに…なんでそんなに俺を信じるんだよ…」


 「だって」

 ハロルドは静かに微笑んだ。


 「お前は俺の親友だからさ」


 その言葉で、クインシーの中の最後の壁が崩れ落ちた。

 幼い頃からシャドウベインで教え込まれた恐怖と不信、自分以外の誰も信じてはいけないという戒めが、いま音を立てて崩れていく。


 「ハロルド…」

 クインシーは笑いながら言った。


 「お前、本当に最高の相棒だよ。もう…もう俺は二度と裏切らない。シャドウベインの道具なんかじゃない。これからは…これからは自分の意志で生きる」


 夜風が二人の髪を揺らし、星々が静かに輝いていた。

 クインシーの決意は、まるで新たな夜明けを予感させるようだった。


 「よし」

 ハロルドは立ち上がり、クインシーに手を差し伸べた。


 「じゃあ、一緒に行こうぜ」


 クインシーはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。二人は互いを見つめ、静かに頷き合う。


 今や言葉は必要なかった。

 彼らの間には、本気の殴り合いを通じて生まれた真の絆が、確かに存在していたのだから。

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