ハロルド 第5章④:夕陽が見える丘

 クインシーを追跡していた足取りがふと止まった。

 ハロルドとトリアは丘の上に立った。

 風が優しく二人の髪を揺らす。


 最初に空の変化に気付いたのはトリアだった。


 「ね、見て…」


 ハロルドが振り向くと、黄金色に染まった雲と夕陽の光が地上に降り注いでいた。

 街並みのシルエットが逆光に浮かび、夕陽を映した窓が輝いている。


 空の色は刻一刻と変わり、その移ろいはまるで、絵の具が混ざり合いながら描かれる大きなキャンバスのようだった。

 二人は言葉を失い、ただその美しさに見入っていた。


 草むらに腰を下ろすと、風に揺れる草が二人を包み込むようにそよいだ。

 夕陽の光に照らされて、光の粒が踊っているように見える。


 「ずっとこうしていられたらいいのに。」

 トリアがぽつりとつぶやく。


 遠い空では、白い雲が次々と紅に染まり、形を変えていく。

 風の中に草の香りが漂い、どこか懐かしい気持ちが胸に広がる。


 「…トリア。」


 ハロルドは夕陽に照らされた草原を見つめ、言葉を選ぶように慎重に口を開いた。


 「俺…もう自分をごまかせない。クインシーがシャドウベインのスパイかもしれないって、そう疑ってる」


 トリアの横顔を見ながら、ハロルドは拳を握りしめた。


 「こんなこと、本当は言いたくなかった。でも、あいつの行動すべてが怪しく見えるんだ。」


 言葉が途切れる。

 目の前の夕焼けは美しいのに、胸の中は暗い影に覆われていた。


 ふいに、温かい感触が手に触れた。

 トリアがハロルドの手にそっと手を重ねている。


 「私もね、そうかもって思ってた。」

 トリアの声は静かだが、真っ直ぐに芯が通っていた。


 「でもね、ハロルド。どんな真実が待っていても、私はあなたのそばにいるから。」


 「トリア…」


 「二人で力を合わせれば、きっと解決できるよ。クインシーだって戻って来る。」


 その言葉は温かく、ハロルドの不安を静かに溶かしていった。

 草原に吹く風が二人の間を通り抜け、空は燃えるような茜色に染まっていた。


 ハロルドはトリアの横顔を見つめる。

 柔らかな夕陽に照らされたトリアの表情が、今までになく愛おしく思えた。


 「ありがとう、トリア。」


 ハロルドは黄昏の空を見上げて言った。

 「君が側にいてくれるなら、俺も立ち向かえる気がする。」


 夕陽が地平線の向こうに沈み、最後の光が大地を紅に染め上げた。

 二人の長い影が重なり合い、草むらにゆっくりと揺れる。


 やがて空の色が紺碧に変わり、静寂が訪れる。

 ハロルドは胸の中に芽生えた感情を確かに感じ取った。

 それは不安と期待が混ざり合った、温かく切ない想いだった。


 幼なじみのトリアを、もう一度見つめ直す時が来ていた。

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