ハロルド 第5章②:信頼の種

 早朝の静けさの中、ハロルドは溜め息をつきながら自室を出た。

 普段なら既に作戦室で機器の調整をしている時間だが、昨日の作戦会議の違和感が頭から離れず、気持ちが落ち着かない。


 昨夜の作戦室でのこと。

 ユージーンが提示したシャドウベインの研究施設の見取り図をめぐって、メンバーの間では意見や考察が交わされていた。

 モニターには青白い光で照らし出された複雑な図面が映し出され、Destrion計画の重要拠点であるという地下研究室のレイアウトが示されていた。


 「この地下研究室の構造、どうもVelforiaと似ているように思えるな」

 ロイが指摘した時、クインシーの顔には明らかにぎょっとした表情が一瞬だけ浮かんでいた。


 また、実験設備の配置についてニコラスが皆に意見を投げかけると、クインシーは意図的に視線をそらしていた。

 他にも、Destrion計画の研究データの一部が映し出された瞬間の驚きに満ちた表情。

 彼の仕草、そのどれもこれもが怪しく思える。


 孤児院の中庭に面した廊下を歩いていると、玄関先でほうきを手にするトリアと出くわした。

 長い髪を後ろで結び、エプロンを着けている。

 どうやら日課の掃除を始めるところらしい。


 「あれ、ハロルド?」

 トリアが不思議そうに首を傾げる。

 「今日はまだ作戦室に行かないの?」


 ハロルドはその場で立ち止まった。

 昨夜から一人で抱えていた悩みが込み上げてくる。


 孤児院で一緒に育った妹のような存在。

 今は大切な戦友でもある。

 トリアになら、この違和感を打ち明けられるかもしれない。


 「ちょっと…話があるんだ」

 ハロルドは言い淀んでから、ゆっくりと続けた。

 「少し、つきあってもらえないかな」


 朝の掃除を終えた後、二人は中庭のベンチに腰掛けた。

 木漏れ日が庭に斑模様を描いている。

 遠くでは目覚めた子供たちのはしゃぎ声が聞こえ始めていた。


 ハロルドは昨夜の作戦会議でのクインシーの様子を、できるだけ詳しくトリアに説明した。


 「私も気付いてた」

 トリアは静かに頷いた。

 「特に地下研究室の構造の話の時。クインシーの反応、明らかにおかしかった」


 「何か知ってるんだ」

 ハロルドは確信めいた口調で言った。

 「シャドウベインについて、俺たちに話せない何かを」


 「私たちにできることが、何かないかな?」

 トリアが静かに言った。


 ハロルドは庭の向こうを見つめたまま答えた。

 「俺もそれを考えてる。でもあいつ、ずっと一人で抱え込んでて…」


 「ハロルド」トリアが真剣な眼差しで向き直る。

 「私たち、クインシーの一番近くにいるでしょう?だから、一緒に見守っていきたい」


 その言葉に、ハロルドは初めて視線をトリアに向けた。

 「一緒に、か」


 「うん。作戦会議での様子も、その後の行動も、気になることがあったら二人で共有していこうよ」

 トリアの声には強い意志が込められていた。

 「クインシーが何か抱え込んでいるなら、私たちで受け止めたい」


 「…ありがとう」

 ハロルドは微かに笑みを浮かべた。

 ここ数日の重苦しい気持ちが、少し軽くなったように感じる。

 「察しのいいクインシーのことだから、気付かれないように慎重にいかないとな」


 「そうだね」

 トリアも小さく頷く。

 「でも、私たちならできるはず。だって彼は大切な友達だもの」


 中庭に差し込む朝の陽射しに、二人の影が重なる。

 親友を思う気持ちと、これから直面するかもしれない真実への憂い。

 その両方が、二人の絆を強めていた。

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