ハロルド 第5章:疑念の芽生え

ハロルド 第5章①:クインシーの異変

 チームTRANSCENDAの作戦室。

 ハロルドは作業台で新しい通信装置の調整に没頭していたが、ふと手を止めた。

 クインシーが普段座っている椅子が、まだ空いている。


 「今日も来ないのか」


 ハロルドはメッセージを確認する。

 クインシーからの連絡は相変わらず素っ気ない一言だけだ。


 『急な用事。また後で』


 チーム結成以来、日々の作戦会議は欠かさず行われてきた。

 以前のクインシーなら、たとえ遅れても必ず顔を出し、その明るさで場を和ませていたものだ。


 「よう、ハロルド!今日も真面目に働いてんの?」

 「へえ、その機械すごそうだな。俺には何だか分かんねーけど」

 「まったく、天才くんは休憩も知らないのかよ」


 かつての陽気な声が、遠い昔のように感じられる。

 ハロルドは溜息をつき、再び作業に向かおうとする。

 しかし、手元の配線作業に集中できない。

 モニターの青い光に照らされた作業台に、クインシーの最近の様子が走馬灯のように浮かぶ。


 特にDestrion計画の情報を発見してから、彼の態度は明らかに変わった。

 作戦会議でシャドウベインの話題が出る度に、わずかに強張る表情。

 投げかける軽口さえもが、まるで誤魔化しのように不自然に思えてくる。


 その時、作戦室の扉が開く音がした。

 振り向くと、クインシーが立っていた。

 普段の軽薄な笑みを浮かべているが、その目は暗く沈んでいる。


 「やあ、今日も遅くまで頑張ってんだ」

 クインシーの声には、どこか虚ろな響きがあった。


 「クインシー」ハロルドが作業台から立ち上がる。

 「最近どうしたんだ?何か悩み事でも…」

 「ん?別に何もないよ」

 クインシーは軽く手を振る。

 しかしその仕草はやはり不自然で、いつもの軽さが感じられない。


 「そうか…」

 ハロルドは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 「あー…そうだ」

 クインシーは作戦室の中央に置かれた地図から目を逸らすように声を上げる。

 「今日は用事があるんだ。明日の作戦会議には出るから」


 「待てよ」

 ハロルドが制する。

 「また逃げるのか?」

 クインシーは足を止めた。モニターの青い光が、その背中に深い影を落としている。


 「…逃げてなんかいない」


 低い声でそう告げると、クインシーは振り返りもせずに作戦室を出ていった。

 扉が静かに閉まる音が、重く響く。


 作戦室の窓からは、夕暮れの街並みが見える。

 オレンジ色の空の下、クインシーの姿が建物の影に消えていく。

 監視カメラの映像に映る彼の後ろ姿は、これまでになく小さく、そして孤独に見えた。


 ハロルドは作業台に戻り、手元の部品を無意味にいじりながら考え込む。

 信頼していた仲間の中に潜む疑念。

 青白いモニターの光だけが、ハロルドの憂いに満ちた表情を静かに照らしていた。

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