第4章⑦:明かされた真実
光が静かに収束していく。
銀色の粒子が、まるで夜の雪のように舞い散り、大地を淡く照らしていった。
深い闇と光の境界が揺らめく中、力を使い果たしたトリアの体がゆっくりと地面に崩れ落ちる。
その時、闇の中から一つの影が浮かび上がった。
黒い衣装に身を包んだ闇の魔女ノクテリア、エステルの姿。
長い髪が夜風に揺れ、鋭い瞳が月光を反射して、夜の静寂を一層深めていく。
「目を覚ませ」
エステルの声は、まるで永遠の果てから響くように冷たい。
「う…」
トリアは意識を取り戻し、ゆっくりと目を開く。
「あなたは…?」
混乱した表情で周囲を見回すトリアに、エステルは一歩も動かず、時を刻むように淡々と語り始める。
「30年前」
その響きは空気さえも凍てつかせる。
「この世界はABYSSという絶望の怪物によって、未曾有の危機に瀕した。
光の聖女セレスティア・クララは自らの命と引き換えに、ABYSSを封印した」
トリアは立ち上がろうとして、よろめく。
まだ体の震えは収まらない。
手足の感覚がなく、心臓の鼓動だけが異様に大きく響いている。
「その時、魔術師教会エニグマが彼女の魂を捕らえた」
エステルは感情を微塵も交えず、淡々と事実のみを告げる。
「そして、15年の歳月をかけて人工転生を実現させた。その転生体が、お前だ」
「わた…し?」
トリアの声が震える。
「そんな…」
その時、シルヴェスターの声が闇を切り裂いた。
「トリア!」
マキシマスとキャシディを伴って、シルヴェスターが姿を現す。
三人の表情には、これまで見たことのない深い苦悩が刻まれていた。
「シルヴェスターさん?」
トリアの困惑が広がる。
「マキシマスさん、キャシディさん?どうして…」
エステルは三人の出現に一瞥もくれず、氷のように冷たい声で語り続ける。
「教会はお前を、対ABYSS用の人間兵器として育てようとしていた。それを阻止するため、シルヴェスターたちはお前をエニグマから連れ去った」
「嘘…」
トリアは必死に否定しようとする。
両手が震え、視界が歪む。
「嘘ですよね!?」
シルヴェスターの表情に、深い痛みが刻まれる。
「トリア…すまない。全て、事実だ」
絶望がトリアを飲み込む。
目の前が霞んでゆく。
「…じゃあ、私を…私を、みんなでずっと騙していたの!?」
トリアの頬を熱い涙が伝う。
その一粒一粒が、月明かりに銀色に輝いていた。
「違うわ!」
キャシディの声が夜の闇を切り裂く。
トリアははっと目を見開く。
これまでの15年間、キャシディの口から、こんなにも感情的な叫びを聞いたことはなかった。
「あなたは…」
キャシディの声が震える。
「あなたは私たちの本当の娘よ!」
キャシディの目には、一人の母親としての深い愛情と悲しみが満ちていた。
「トリアちゃん」
マキシマスが一歩前へ出た。
その声には、父としての揺るぎない強さが秘められていた。
「あの日、私たちは誓ったんだ。君を、絶対に人間兵器などにはさせないと」
「あなたを、心からの愛情を持って育てよう」
キャシディが続ける。
涙で声が途切れそうになりながらも、強く語り続ける。
「マキシマスとそう誓い合って、孤児院に迎え入れたの。あなたを守るため…あなたに、本当の家族の温もりを与えたくて…」
震える声で、キャシディは続けた。
「初めてあなたを抱いた時から」
キャシディの声が詰まる。
「あなたは私の大切な娘だった。他の子たちと同じように…いいえ、もしかしたらそれ以上に…あなたの笑顔に、私は救われてきたわ」
キャシディの言葉に、トリアの心の中で様々な記憶が蘇る。
幼い頃に熱で寝込んだ夜、キャシディが一晩中傍らで手を握っていてくれたこと。
転んで膝を擦りむいた時に、優しく手当てしてくれた手の温もり。
美味しい食事を分け合った、孤児院の皆との暖かい団らん。
「でも私は…」
トリアの声が掠れる。
「私は本当の人間じゃ…」
「違う!」
シルヴェスターの声が響く。
その声には魔術師協会エニグマの魔の手よりトリアを救い出してからの、15年分の想いが込められていた。
「お前は紛れもなく、人間だ。そして私たちの娘だ。血の繋がりよりも大切な、娘だ」
マキシマスが静かに頷く。
「トリアちゃん、覚えているかい?君が初めて『お父さん』と呼んでくれた日のこと。あの時の喜びは、今でも僕の心に深く刻まれている」
夜風が吹き抜け、光の粒子が舞い上がる。
まるで15年分の記憶が、目に見える形を作っているかのようだった。
エステルは冷たく事実だけを告げる。
「お前の中に眠る力が目覚めた今、もう後戻りはできない。これが現実だ」
その無機質な声はもう、トリアの心には届かなかった。
彼女の目には、確かな愛情で結ばれた家族の姿があった。
キャシディが両手を広げる。
「あなたは私たちの娘。それは、永遠に変わらない真実よ」
トリアの頬を、新たな涙が伝う。
だがそれは、もはや悲しみの涙ではなかった。
「お母さん…!」
その言葉と共に、トリアはキャシディの胸に飛び込んだ。
マキシマスとシルヴェスターも寄り添い、四人は固く抱き合う。
月明かりの下、光の粒子は静かに舞い続けていた。
それは新たな真実を祝福するかのように、家族を優しく包み込んでいた。
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