第1章⑦:初めての活躍

 地下研究室の無機質な静けさを、突如として鋭い警報音が切り裂いた。

 赤い警告ランプが点滅を始め、同時に地上階から悲鳴が聞こえてくる。


 「何だ!?」


 ハロルドが驚いて振り向くと、研究室内の巨大モニターが自動的に切り替わっていた。

 複数の監視カメラ映像が映し出され、その中にクラブフロアの様子が写っている。


 フロアは騒然としていた。

 中央で一人の男が暴れ回り、若者たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 投げ飛ばされたテーブルや椅子が床に散乱し、ナイトクラブの華やかな雰囲気は一変していた。


 「まずいな」

 クインシーが眉をひそめる。

 その表情には、先ほどまでの軽さが消えていた。


 「行こう!」

 ハロルドが駆け出す。

 研究室の扉に向かって走り始めた時、ふと立ち止まってトリアの方を振り返る。

 「トリア、お前は…」


 「私も行くわ!」

 トリアは強い表情で言い張る。

 「一人で待ってる方がよっぽど怖いもの」


 三人は階段を駆け上がった。

 地上に戻ると、フロアはすでに大混乱に陥っていた。

 レーザーライトが虚しく闇を切り裂き、重低音の音楽が混乱を加速させている。

 人々は我先にと出口に殺到し、悲鳴と叫び声が響き渡る。


 「くそっ、この状況は…」


 ハロルドは冷静に周囲を観察する。

 暴れる男の動きには、明らかな乱れがあった。


 「クインシー、手伝ってくれるか?」


 ハロルドの声に、クインシーは即座に反応する。

 「任せろ。作戦は?」


 「あの男、右足に体重を掛ける癖がある。俺が右前方から注意を引きつける。その間に対角から仕掛けてくれ」


 「了解」

 クインシーが短く答え、体制を整える。


 「トリア、お前は安全な場所で…」

 「分かってる。気を付けてね、ハロルド」


 ハロルドは深く息を吸い、静かに吐き出す。

 工房では見せたことのない、冷静な判断力が彼の中で目覚めていた。


 「行くぞ!」


 ハロルドが派手に男の視界に飛び込む。

 男の注意がハロルドに向く。

 その瞬間、クインシーの姿が影のように男の死角に滑り込んでいた。


 完璧な連携だった。

 ハロルドの動きで男の体勢が崩れる、その隙をクインシーは見逃さない。

 正確な一撃が、男の急所を捉えた。


 「うっ…」


 男が膝をつく。

 抵抗する間もなく、客の混乱を抑えて駆けつけてきたセキュリティ達に、そのまま取り押さえられた。


 静寂が訪れる。

 誰かが小さく拍手を始め、それは次第にフロア全体に広がっていった。


 「やるじゃないか、ハロルド」

 クインシーが軽やかに肩を叩く。


 「あの男の動きを完全に読んでたね、作戦勝ちだ」

 「いや、俺は…」


 ハロルドは遠慮がちにはにかんだが、心の中では自分自身の冷静な対応に少し驚いていた。

 工房の外で自分が人の役に立つなど、考えたこともなかった。


 そしてまた、クインシーと二人協力して強敵を倒したことにも、確かな充足感を覚えていた。

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