第1章⑥:地下研究室の発見

 喧騒に満ちたフロアから離れ、クインシーは二人を静かな通路へと導いた。

 フロアの轟音も次第に遠のき、ネオンに彩られた通路の奥に一枚の分厚い扉が姿を現す。

 一見すると、ただの非常口にしか見えない。


 「ちょっと待っててね」


 クインシーは周囲を慎重に確認すると、扉の横にある端末に手をかざした。

 デジタルパネルが青く光り、彼の指は素早く暗証番号を入力していく。


 「ねえハロルド、本当に大丈夫なの…?」


 トリアが不安そうにハロルドの袖を引く。

 しかしハロルドの目は、既に扉の向こうに釘付けになっていた。


 扉が静かに開く。

 そこに現れたのは、下へと続く薄暗い階段だった。壁には配管が這い、独特の金属臭が漂う。


 「さあ、どうぞ」

 クインシーが優雅な仕草で促す。


 三人が階段を降りていくにつれ、フロアの音は完全に消えていく。

 代わりに、機械の稼働音らしき低い唸りが聞こえ始めた。

 そして階段を曲がった先で、突然まぶしい光が目に飛び込んでくる。


 「本当のVelforiaへようこそ!」


 広大な地下空間が、二人の目の前に広がっていた。

 天井まで届く巨大なリアクター。

 その周囲を取り囲む複雑なエネルギー制御装置。


 円筒状の強化ガラス製実験槽には特殊な冷却液が満たされ、中の装置が青く輝いている。

 白衣姿の研究者たちが忙しなく行き来する中、壁一面のモニターには膨大なデータが次々と流れていく。


 「す、すごい…」


 ハロルドの声が震える。

 技術者としての血が騒ぐのを感じていた。


 「これほどの規模の実験設備を、地下に…量子プロセッシングアーキテクチャとニューラルネットワーク最適化の統合…実物をこの目で見るのは初めてだ…」


 ハロルドは子供のように夢中で研究室内を歩き回り、次々と新しい発見に目を輝かせる。


 普段の工房では縁のない最先端機器の数々、次世代試作回路基板、めったにお目にかかれない高度な試験装置、最新機能を搭載したホログラフィックインタフェースなど、彼の目に映るすべてが、次々とハロルドの興奮を呼び起こしていった。


 トリアはハロルドの嬉しそうな様子に思わず微笑んだが、内心ではそれよりもこの状況の異常さに戸惑っていた。なぜこんな大規模な施設が、クラブの地下に?


 「ねえハロルド、あまり触っちゃ…」


 彼女が心配そうに声をかけると、ハロルドはようやく我に返ったように立ち止まる。


 「大丈夫さ」


 クインシーが軽く手を振る。


 「ここの装置は生体認証と権限チェックが厳重だから、許可された者以外は操作できないよ。見学するだけなら問題ないさ」


 その言葉に安心したように、ハロルドは再び機器の観察に没頭していく。

 しかしトリアの胸の内では、漠然とした不安が徐々に大きくなっていた。


 華やかな地上のクラブの影で、この施設が持つあまりに異質な空気。

 何より、内部を知り尽くしているようなクインシーの態度が、彼女の心に引っかかっていた。

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