第1章⑤:クインシーとの出会い

少しずつクラブの雰囲気にも慣れてきたトリアの背後から、明るい声が響いた。


「ねえ、君。ここは初めて?迷ってるみたいだね」


振り向くと、スタイリッシュなドレスシャツとベストに身を包んだ青年が立っていた。

整った顔立ちに人懐っこい笑顔を浮かべ、視線をトリアに向けている。


「あっ…えっと…」


突然のナンパにトリアは戸惑いの表情を見せる。

青年は軽やかな足取りでトリアに近づき、クラブの照明を映した瞳で彼女を見つめ、艶めく声で話しかけた。


「ここにいるとさ、君みたいな雰囲気の子は逆に目立つんだよね、可愛いお嬢さん。もっと特別なところ、案内しようか?」


「おい、トリアに何の用だ!」

ハロルドが強い口調でトリアの前に立ちはだかる。


「おっと、ごめんごめん」

青年は一歩下がり、両手を上げて見せた。


「悪気はなかったんだ。紹介が遅れたね。僕はクインシー。このクラブの常連さ」


「常連だろうが何だろうが、関係ないだろ」

ハロルドの声は冷たかった。


「そうだね、確かにその通りだよ」

クインシーは素直に認めながら、さりげなくハロルドを見やる。


「でも、せっかくここまで来たのに、フロアの端で固まってるのはもったいないと思ってさ」


ハロルドは相変わらず眉をひそめたままだ。

だがその時、クインシーが目ざとくハロルドの手にある招待状を見つけた。


「へぇ?」


クインシーの声のトーンが変わる。

その目が招待状を捉えて、一瞬鋭い光を宿す。


「それ、招待状だよね?」


ハロルドは慌てて招待状をしまおうとしたが、クインシーの次の言葉で手が止まる。


「特別なお客様なら、僕が案内できるかもしれないな」


クインシーは周囲を確認するように視線を巡らせ、声を落として続ける。


「君たちが探してるものも、きっと見つかるはずだよ」


ハロルドの警戒心は解けないものの、その目には確実に好奇心の光が宿り始めていた。


「…どういう意味だ?」

「ここじゃ話せないね」


クインシーは人混みの向こうを指さす。

「もし興味があれば、案内するけど」


「ハロルド…」

トリアが心配そうにハロルドの袖を引く。


見ず知らずの男について行くなんて、明らかに危険だ。

それはハロルド自身も分かっているはずなのに、その瞳は既に好奇心の光を帯びていた。

招待状の謎、自分への挑戦、それらを前に理性が揺らぎ始めている。


「…少しだけなら、いいけど」


ハロルドの声に、トリアは小さく溜め息をつく。

こんな時のハロルドを止めても無駄なことは分かっていた。


「もう…しょうがないわね」


トリアはハロルドの腕にしがみつくように寄り添う。

何かあったらすぐに逃げ出せるよう、周囲への警戒は怠らない。


クインシーは満足げに微笑み、人混みの中を歩き始める。

その後ろを、ハロルドとトリアはやや躊躇いながらも付いていく。


フロアの喧騒が、三人の姿を飲み込んでいった。

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