第1章②:謎の招待状

 真夜中を過ぎた工房は、独特の静寂に包まれていた。

 作業台のLEDライトだけが青白い光を放ち、部屋の隅では古びたラジオからかすかにジャズが流れている。

 街の喧騒は完全に消え、時折聞こえる夜風の音だけが外の世界の存在を伝えていた。


 窓の外では、月明かりに照らされた魔術師教会エニグマの尖塔が静かにそびえている。

 この教会は、科学がいくら発展しても手の届かない「魔法」を独占する存在だった。

 エニグマは大災害の後もその権力を保ち続け、魔術の知識と技術を他者に渡すことなく、社会の一角を支配している。


 ハロルドはふと教会の尖塔に目をやり、小さく息をついた。

 「魔法なんて、俺には関係ない」


 ハロルドは知らない。

 同じ孤児院で兄妹のように育った、幼なじみのトリアが、かつて15年前にそこで人工的に生を受け、人間兵器として育てられる筈だったことを。

 シルヴェスターが命をかけて彼女を救い出し、孤児院の父母であるマキシマス夫妻に預けたことを。


---


 ハロルドは疲れた表情を浮かべながら作業を続けていた。

 延々と続く微細な調整作業で目は充血し、制御回路を覗き込む背中は強張っている。

 それでも彼の指先は正確に動き、量子制御装置の最終調整を進めていった。


 「これで…最後だ」


 彼の手元で、洗練された改造銃器が完成した。

 銃身には独自のオート照準機構が組み込まれ、引き金部分には生体認証システムが実装されている。

 漆黒の表面には微細な回路が走り、時折青い光が浮かび上がっては消えていく。


 「ふぅ…やっと終わった」


 疲労と達成感が入り混じった表情で、ハロルドは作業椅子に深く腰掛けた。

 天井の古い換気扇を見上げながら、ようやく深いため息をつく。

 腕時計を見ると、既に午前3時を回っていた。


 早朝の工房に黒衣の男が再び現れる。

 ハロルドは完成した銃器を男に手渡した。


 「確認を」


 男が初めて発した言葉に、ハロルドは動作確認用データを表示する。

 全ての数値が緑に点灯し、完璧な仕上がりを示した。

 男は小さく頷き、梱包された銃を手に取りそのまま工房を後にした。


 報酬を確認しようと手に取ったクレジットチップの下から、一通の封筒が現れた。

 上質な紙を使用した純白の封筒には、優美な文字で「Velforia」という文字が刻まれている。


 「Velforiaヴェルフォリア…?」


 ハロルドは眉をひそめながら封を切った。

 中から出てきたのは、繊細な加工が施された、メタルプレートの高級な招待状。

 卓に広げると、立体文字が空中に浮かび上がる。


 「ハロルド様

 想像を超えた改造の腕前、見事でした。

 貴方の才能は、もっと"特別な場所"で輝くべきです。

 好奇心の赴くまま、扉を開いてみませんか?

 今宵、Velforiaにて」


 招待状には歓楽街の中心に位置する詳細な地図データが添付されていた。

 差出人の名前も署名もない。


 ハロルドは招待状を何度も読み返した。

 理性は明確に危険を察知していた。

 深夜の改造依頼、異常な技術水準、そして突然の招待、全てが不自然だった。


 しかし一方で、彼の好奇心は強く揺さぶられていた。

 あの改造銃器に組み込まれた最先端技術の数々。

 その背後にある組織の正体。

 そして、自分の技術をさらに高められるという誘い文句。


 窓の外を見ると、夜明け前の空がわずかに明るみを帯び始めていた。

 街灯の明かりが薄れゆく中、ハロルドは深いため息をついて頭を抱えた。


 「どうしようか…」


 迷いは深まるばかりだった。

 しかし彼は意を決したように顔を上げる。

 好奇心が、理性の警告を上回った。

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