第8話

 突然現れた赤毛の少年は、意気揚々と名乗りを上げたと思えば、次の瞬間目の前で地に埋まるのかというくらいの平伏を見せた。

 

 …………え?何?あんたが犯人だったの?………あ、オスカー、ベル、心配しないでいいわよ。情報量が多すぎて怒りが追いついて来てない。


 すると赤毛の少年、フィデリオの叫びに我に返ったのか、トーマスがこちらの方に気がついた。


「あ、皆さん。どうしたんですか?……そっちの方は?」


 フィデリオが涙を浮かべた顔を上げる。そして近づいてきたトーマスが手に持っていた謎の物体を指差して叫んだ。


「それ…!俺の魔法伝書鳩!……どっかに飛んでったと思ったらまさか…………」

「………それは、一体どういうこと?詳しく教えてくれないかな」

 

 ベルカントが優しく尋ねる。その声色にフェデリオは少し安堵し、矢継ぎ早に事の顛末を話し始めた。



 その内容はこうだ。


 魔法伝書鳩というのは、その名の通り魔法によって離れた場所へ連絡を伝えることができる魔道具である。初めての護衛を任された騎士見習いのフィデリオは、護衛対象であるオスカー達を発見し、これから護衛を開始するという旨を騎士団長へ報告しようとした。がしかし、そのメッセージを伝書鳩に覚えさせる瞬間、いきなり暴走し始め、どこか遠くへ飛び去ってしまった。行き先もわからないため、追いかけるのを諦めてとりあえず護衛対象と接触するのを優先した。……とのことらしい。


「申し訳ございません…まさかシルバーハート様にぶつかってしまっていたとは思わず…」


 フェデリオはまたしょんぼりと頭を下げた。


 …はあ、一体なんなのよ。朝からなんか変なことばっかり。あたしも忙しくないのよ。………………まあ、つまり。魔道具が暴走しちゃったってことでしょう。確かによく見たら鳩みたいな形してるわ。かわいいかも。


 アトリーチェはオスカーの手に渡った魔法伝書鳩をしげしげと眺める。それから、オスカーと目が合う。




 …許せるか?



 …ええ。あたしもう疲れちゃった。




 そうアイコンタクト。オスカーは満足したように小さく笑った。これで合っていたらしい。ゆっくりとフェデリオの前に近づき、口を開く。





「フェデリオ・ライデンシャフト、と言ったかしら?」


「はいッ!」


「顔をあげなさい」


 その言葉を聞いて彼はおずおずと顔を上げる。よく見れば顔立ちは整っていた。燃えるような赤い髪に、すっと伸びた眉。凛としたオレンジの瞳。







 …………………………………………うん?










「……………………………………あたしたち、どこかで会ったこと、あるかしら?」




 「「「は?」」」


 3人の声が重なった。声の上げなかったあと一人は、もちろん状況を理解していないトーマスである。


 …………あれ?あたし、なんて言おうとしたんだっけ。




「………アトリ…?」


 オスカーが呆気に取られたような声を出す。…ま、間違えましたわ…


「えー、とにかくフェデリオ、貴方にしたことは特別に不問にして差し上げますわ!感謝なさい!あたしからはこれだけ。以上。終わりよ。解散。」


 アトリは早口に捲し立てて言った。





「あ…ありがとうございます……?」


 その時アトリ以外のその場の誰もが、状況を理解できず呆然としていた。






 ローズリー学院の玄関へ続く石畳で、道を塞ぐ5人の生徒達。彼らはかなり数の通行人の視線に晒されることを失念していた。これはのちにこの学院の噂として語り継がれることとなる。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢アトリーチェ・シルバーハートは前世の記憶を思い出せそうで思い出せない 街野一角 @siretto-incouse

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画