第5話

燭台のぼんやりとした灯りのなかで、アトリーチェ・シルバーハートは分厚い本の乾いたページをめくる。側にはメモ代わりの羊皮紙とペン。全て侍女長のジェーンに用意してもらったものだ。彼女がジェーンにこれらの用意を頼んだ時も、驚きはしたものの特段の詮索なしにすぐに一式の用意を済ませた。

 やっぱり持つべきものは優秀な侍女ね、とアトリは呟く。彼女も下働きへの感謝を少なからず覚えるようになってきたのだった。


 彼女は細かく綴られたシャンドフルールの歴史に、ゆっくり、ゆっくりと目を通していった。




 ―――シャンドフルールはかつて、聖コンフェローザと呼ばれる聖者様によって創られた国でありました。聖コンフェローザはこの世界を創った神様の御遣いであり、人智を超えた不思議な力を扱うことができました。それを人々は、奇跡と呼びました。

 それから長い間、聖者の子孫が自分たちを神の子と名乗り、代々国の政治を司ってきました。しかし、彼らにはもう奇跡を起こすことはできなくなっていました。凶作、疫病、戦争………そんなことが次々と起こったのにも関わらず、彼らはそれらの問題を鎮めることができなかったのです。さらに、教会が必要以上に集めた寄付金で一部の信者のみが豊かな暮らしを送っていました。

 それに耐えかねた民衆たちは暴動を起こします。その先導者が、現在の王の先祖。暴動に成功し、国の中心を手に入れた彼は、この国を『花の都』、シャンドフルールと名付けたのです。そうして、王による政治が始まりました。王は、これ以上政治に関わらないよう、聖コンフェローザを信仰する人々を激しく弾圧し始めました。

 しかし、それが逆効果になります。神の存在を唯一の救いとしている人々も多くいたからです。逆に信者たちによって暴動を起こされるという立場になった王は、教会と調停を求めます。その時に力を発揮したのがシュペールベルクの大図書館でした。大図書館の根回しにより両者は和解に至り、その結果、政治を行うのはシャンドフルール、救いの象徴となるのはコンフェローザ、という現在の関係が出来上がったのです。それから、長い間、この関係のまま平和な世の中が続いているのです。――――――――――――




 ほーーー…………これが、この国の歴史。なんだか、初めて読んだ気がしないわ。一度読んだことがあるみたいに頭にすらすらと入ってくる!政治がオスカーの血統であるシャンドフルール、民の救いがベルの血統のコンフェローザ…そして和解に努めたのが、トーマスの血統のシュペールベルク。…わかる!わかるわ!……まるで、前から全部知っていたみたい!……………やっぱり、あたしって…………………………



…………………天才、なのかしら。



 気づいちゃったわ。…オスカーもそう言っていたし!あたしには勉強の才能があったのよー!なんだかすごいやる気が湧いてきちゃったわ。どんどん読んでみましょう。……あ、あたしのシルバーハート家の記述もあるわ。


 ―――「知」が誰にとっても平等であるように、「力」も偏りがあってはいけません。そのため、シュペールベルク家が「知」を司るように、王は「力」―武器の製造や輸出入などの役割―を自分ではなく、自分の一番の忠臣に譲り渡しました。もちろん、この国の平和を守る、という条件付きで、です。普段は王の命令に従いますが、王が専制を始め、民を無下にするようになった時は惜しみなくその力を使うことができます。その役割を任されたのが、シルバーハート家。その家は、任せれた力を誤ったことに使わないという絶対の約束を元に、その地位が約束されているのです。――



 …あれ?あたし、この話は、初めて読んだ。………あたしのお父さまは「力」の番人だったのね。ふーん。


 ………………………なんであたし、あたしのお父さまの役割も知らなかったの?


 ……違う、あたし、知ってる。お父さまのやってることも、シルバーハートがどうなるかも。……シルバーハートだけじゃない。この国の歴史も、未来も、ずっとずっと昔から知っていたような気が…………………………

 

 ……どうして知ってるの?今初めて読んだのよ?




 ………………………………………………わかった。



 

 一を聞いて十を知るっていうのはこのことを言うのね……!………あたしって、やっぱり天才なんだわ……!




 ……………そう思ったらなんだか疲れちゃった。もうそろそろ終わりにしようかしら…。


 そう考えてアトリは蝋燭の火をふっと消し、暗くなった部屋で寝台へ潜る。


 ……まあ、わかんないところはオスカーたちに聞けばいいわよね…………。


 そうしてアトリはすぐに眠りについた。




 ――――――


『オーホッホッホッホ!ねぇ、あたくしに逆らうからこうなるんですのよ?平民さん?』


 あたしはまた、暗い部屋で光る絵を眺めていた。…この景色、見覚えがあるわ。………あの時の、悪夢と同じ?

 

 あたしは正面の絵を見つめている。意地悪そうに笑った美女は、かつて見た悪夢の女性と同じ。…そんな気がした。


「アトリーチェ最悪だな…どのルートでもいじめてくるじゃん」


 またあたしの口は何かを勝手に呟いた。目の前のあたしの絵に対して言ったんだわ。


 アトリは前よりも落ち着いて夢を認識できるようになっていた。絵の中で、アトリーチェらしき人物は誰かに危害を加えているようだ。…こういうことをしたから、あたし処刑されるんだわ。こうはなりたくない。アトリはそう思った。


『何をしてるんだ!』

 

 そんな言葉と共に現れたのは白い髪に金の目をした青年。アトリは、こんなに珍しい容姿の人間はベルカント以外知らなかった。…ああ。ベルもあたしの敵なのね。


『チッ、…これだけで済むとは思わないことね』


 女は青年を見るや否や、淑女に似合わない大きな舌打ちをし、捨て台詞と共に去っていく。代わりに青年がこちらに近づいてきて、優しく語りかけた。


『ごめんね、…………さん。随分酷いことをされたよね。……………本当に。アトリは、昔はこんなに性悪じゃなかったんだ』



 

『変わってしまったんだ。彼女の父親が、死んでから。』




「……………は?」


 アトリは、そこで目を覚ました。

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