第6話

朝の白んだ日の光が窓から差し込む中、アトリーチェ・シルバーハートは勢いよくベッドから起き上がった。


 どういうこと!? あ、あたしの…あたしの…お父さまが……………








 …………………………………なんだっけ。

 


 ………あたし、またあの悪夢を見てたみたい。ええと…確か、あたしが出てきて…ベルもいて……なんだかすごく、夢の中で驚いて…………



「お嬢様ー?お目覚めになられましたか?」



 アトリの思考に割り入ったのは、侍女長のジェーンの声だった。彼女はそんな言葉と共に、アトリの部屋に入ってくる。それからアトリは考えるのを諦め、いつもと同じように朝の身支度を始めた。


 

 *



「ねぇオスカー」

「なんだ?」

 のんびりと学校へ向かう馬車の中、アトリはオスカーに話しかける。

「あたし、だいぶこの国についてわかりましたわ!」

 オスカーはそんな言葉を聞くや否や、その碧色の瞳を丸くさせた。

「ほ…本当か!?」

「本当よ!…そんなに驚くほど?……この国は元はベルのご先祖さまが治めていて、そのあと反乱が起きて今の王家になった、そうでしょう?」

「そうだ。…………ちゃんと勉強したんだな」

 

 あ、あたしのことをなんだと……ほらまた!何かぶつぶつ言って…あたしのこと笑ってるの!?何よ!?あたしだってやればできるのよーーーーーー!?!?!?


「……偉いな。アトリは」

「へ……?」

 

 怒りが爆発寸前のアトリだったが、オスカーの一言でそんな気持ちは萎んでしまった。目の前でオスカーが綺麗な目を細めて笑っている。……恐ろしいわ。


「あ、ま、まぁ、そうですわね。そうですわ、すごいでしょう!?…………………そ、そそそれよりも、聞きたいことがあって………………」


 アトリは顔を真っ赤にしながら言葉を捲し立てる。


「聞きたいこと?質問ならなんでも答えるぞ」


 あーーっと、えーーっと、………なんだっけ。沢山わからないことがあったはずなんだけれど。


「……そう!あたしの家の話!お父さまのこととか………」


「シルバーハート家の今の立場か?」


「……まあ、そういう感じよ!」


 ……ということにしておきましょう。……何か大事なことを忘れてる気がするけど…………………


 オスカーは何か考え込む仕草をしてから、話し始める。


「…簡単に、正直に言うと、今のシルバーハート家は急激に力を伸ばし始めている。もちろん監視の目は光らせているが、もし王家でも対処しきれないほどの武力を手に入れたら、それは反逆に繋がりかねない。……だから王家は手を打った。……それが婚約だ」


「ええっ!? そうだったんですの!?……でも一体それに何の効果が…?」


「単純なことなんだ。シルバーハート家当主の愛する娘を婚約者として王家に迎えることで、シルバーハート家は王家に手出しすることはできない。代わりに絶対的な権力を獲得できる。こうして抑止力になる。…………今までは王家の支援のみで良好な関係は成り立っていたんだが…これは最終手段なんだそうだ。結局『力』を分けた意味が無くなってしまうからな」


「はぁ………………」


 急な怒涛の情報をアトリはなんとか処理しようとしていた。………シルバーハート家が……反乱。…それで、王家はそれを止めようとしてるのね…。



「朝からこんな話を……すまない。正直に答える必要があると思ったんだ。」

「ええ…。ありがとう。教えてくれて」



………でも、反乱って起きなかったっけ?



「は?」


 あたしの呟きがオスカーに聞こえていたらしい。オスカーが何か聞きたげな顔をした。その瞬間、馬車の揺れが止まる。

 学校に着いたんだわ。あたしは待ってましたとばかりに開けられたドアからひらりと降りる。あたしもあたしの言ったこと、わからないのよ。ごめんなさい!


「おはよう。アトリ、オスカー」


 ちょうど来ていたベルカントと出くわす。


「おはよう。ベル」

「おはよう……今日は早いな」

「そうなんだ。今日は朝の礼拝に出なくて良くなってね。………なんだか二人、疲れてない?」


 …よく分かるわね…。


「あっ、みなさん!お、おはようございます!」

 

 三人で歩いていると、背後から呂律の怪しい台詞が聞こえた。


「シュペールベルクさん」


 ベルが嬉しそうに振り返った。オスカーも特に気にしてない様だ。対照的にアトリは顔を顰める。…いくら名家の出と言ってもあまりに身嗜みのなっていない人と付き合うのは嫌なんだけれど………でもこの慣れ親しんだ感じは………うーん。


「あ、な、名前でいいですよ。トーマスで」


「じゃあトーマス君。君も今来たの?」


「はっ、はい!いつも寝坊ぎりぎりなんですけど…まずは生活からきちんと直そうかなと!貴族の皆さんに会ってみると僕全然ダメだなって思って……」


 ふうん。見どころあるじゃない。




 玄関までの広く舗装された道を四人で歩く。夏の近づく爽やかな風が吹いていた。

 …気持ちいいわー。思い出せない違和感とかもどうでもよくなってきた。とにかくこの学院生活を謳歌することが先よね。

 ……怒らないように。怒りを買わないように。これがあたしの目標よ。



 そう思った矢先、



 ごすん!



 突然何か重いものがアトリの後頭部にぶつかった。




 こ、今度は一体なんなのよーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る