第2話

 ここは、王政国家シャンドフルールの中央に位置する首都・ローズリー。王国の中でも一際栄え、その華やかな街並みや美しい景観は多くの民の憧れの的であった。


「今日はなんだか騒がしいわね?何かあったかしら」

 町娘の一人が呟く。

「そりゃあもちろん、ローズリー学院の入学式があるからだ」

 それに答えたのは通りがかりの紳士だった。

「ローズリー学院って、あの有名貴族のみが通えるっていう噂の…!?」

「そうそう…。しかも今年はなんと、第一王子のオスカー・ロゼ・シャンドフルール様や、神権者の御子息であるベルカント・エルン・コンフェローザ様も共に御入学なされるそうだ。」

「へぇ!それは凄いわ!だからこんなにも盛り上がっているのね!」

「ああ。彼らの学校生活がこれからの国政に影響を与えるとも言われているんだとか!」

「ふぅん…。私とは住む世界が違うわね〜…一体どんな方々なんだろう、憧れちゃうわ……」



 *



「アトリ。いつもの約束、覚えてるよな?」

「もちろんですわ」

 ここはローズリー学院・新入生控室。アトリーチェとオスカーは、瀟洒な机を挟み、向かい合って座っていた。年季の入った高級そうな木材で組まれた広い部屋は、オスカー一人のために与えられたもの。もちろんアトリーチェにも、兵士の数や部屋の広さには差があれど、専用の豪華な一室を与えられていた。


「『まずは5秒数えて深呼吸』。これを私が忘れるわけありませんわよ」


 あたし――アトリーチェ・シルバーハートが決意を固めてから早くも一年。あたしは13歳になった。侍女のジェーンに言われた「相手をよく知る」「自分に正直に」というアドバイスをもとに、あたしは一番身近な人間、オスカーとベルに協力を頼んだの。そしてあたしが「処刑」されないために彼らと結んだ約束が、怒りそうになったら『5秒数えて深呼吸』。これであたしは怒りを鎮める術を得た。そうして寛容で穏和な淑女を目指し続け、ようやく、ようやく!この日がやってきたのよ。


「そうだな。今日から新しい生活が始まる。当然新たな出会いや出来事が起こるわけで―――君の癪に触るような事だって確実に起こる。」

「ええ。今までの努力が試される、というわけですわね」

「…楽しみだな。……ああ、そろそろ時間か。」

 時間を知らせに部屋へ入ってきた従者に返事して、オスカーはアトリの手を取った。

「まずは入学スピーチからだ。…『婚約者』として、くれぐれも問題は起こしてくれるなよ?」

 そう言ってオスカーは器用にウィンク。言われたアトリは意識が遠くなった。


 おおジェーン!あたしはオスカーを信じて良いのでしょうか!


 あの時のあたしはすっかり失念していたわ。オスカーはあたしの婚約者だった!婚約者ということは様々な公務や行事で共に行動しなければならないということ…あたしはオスカーに処刑されるかもしれないのに!近くにいればいるほど彼に嫌われるチャンスも増えるってことよ!一番の敵は一番近くにっていうのはまさにこのことね…。でも今は協力してくれているし…顔が綺麗だし…


「アトリ?」

「ははははい!そそ、そういえば、ベルはいないのかしら!?」

「ベルは別行動だ。『教会』代表で挨拶があるからな」

 オスカーは笑って言う。絹のような金髪がさらさらと揺れた。

「…緊張してる?珍しいな。気にせず、普段通りに。アトリは何もしなくてもいいんだ。…さぁ、アトリーチェ様。お手を」

 そう言ったオスカーの表情はすでに皇太子としてのものになっていた。アトリーチェは静かに頷く。彼女も国の未来を背負う一人である。「何もしない」という行動の重さをよく知っていた。



『それでは――新入生代表の入場です!』


 その言葉とともに、オスカーは入学式の会場である講堂のステージに現れる。アトリーチェも寄り添うように彼に続く。太陽のように輝く金髪の少年と、深い真夜中のような黒髪の少女。彼らが並んで歩くその姿は、誰が見てもうっとりしてしまうほど美しかった。

 講堂は新入生である貴族の少年少女で満たされていた。オスカーは彼らを見下ろすと、こう言った。


「私の名は、オスカー・ロゼ・シャンドフルール!この国の未来を担い、いずれ私に従う者たちよ!」

「この時代に、この学び舎で、ここにいる皆と、己を磨いてゆけることに深く感謝しよう!」

「これから卒業までの期間、ここにいる皆が、我が国にとって!自分自身にとって!有意義な学びを得られることを願っている――――」


 年齢に似合わない、一国の王子としての完璧なスピーチ。それを終え、雨のような拍手が起こる中、オスカーは丁寧に礼をし、自分の席へつく。アトリーチェもそれに続いた。


『最後に、皆さんへご加護を!』

 

 ステージの反対側から出てきたのは真っ白な儀式の服を纏ったベルカント。その儚げな美しさは、見る人の視線を離さない。オスカーが太陽ならば、ベルカントは月のようだと言えるだろう。彼は講堂中の視線を集め、一度深呼吸し、口を開く。



「どうか、皆様に聖コンフェローザのお導きが在らんことを!!」

 


 大歓声に包まれながら、入学セレモニーはつつがなく幕を閉じた。



 これから、アトリーチェの学園生活が始まる―――。

 

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