第33話 もう一振りの刀
その夜は全く眠れる気がしなかった。
「ついに明日……か……」
夜を明るく照らす月が今日はなぜだか不気味に思える。
思えばアインと話してから、日々が早く過ぎた気がする。
「ロティス?眠れないの?」
そんな俺の不安を感じ取ったのか、ミリアが話しかけてくれる。
俺を拾ってここまで育ててくれたミリア、前世から笑顔を守りたいと思っていたエモニ、それに13年生活してきたこの街。
やっぱり俺はここの人や街が好きだ。転生する前も来てからも。
だから。
だから絶対、俺はこの街をエモニをミリアをそして自分自身を守って見せる。
「ロティス?大丈夫よ」
決意を固めた俺の顔を見て、その中から不安を見たのか、抱きしめられる。
「ねぇ、ロティス。もう気が付いているのかもしれないけど、あなたは私の子じゃないの」
俺を抱きしめたままミリアが滔々と語り始める。
「実はね、あなたダンジョンに居たのよ?ふふっ、懐かしいわ……ちょっと興味本位でダンジョンに入ってみたらあなたがいてね。正直最初は魔物の罠かと思ったわ」
俺が……ダンジョン出身?
ゲーム内のロティスはエモニの幼馴染で孤児院育ちということしか明確な設定はなかった。
俺は何も言わず、ミリアの話に耳を傾ける。
「でも罠かもって思っても、どうしても、あんなに小さなあなたを放っておくなんて、とてもじゃないけどできなくて……連れて帰って面倒を見ることにしたの」
そうだったのか。
「なあ、ミリア。俺のこと拾ってここまで育ててくれてありがとう。間違いなくミリアは、俺の人生の中で最大の恩人で一番大切な人だよ」
心の内をそのまま言葉にする。
「……そっか。そっか。良かった。私、ちゃんとお母さんできてた?」
「もちろん。まあ正直、姉って感覚だけど……母親って言うには見た目若すぎだし」
「ふふっ。ほんといい子に育った。ねえ、ロティス?」
「ん?なに?」
「私もあなたが一番大切よ。今後一生何があっても」
ミリアの俺を抱きしめる手が一層強くなる。
俺もそれに応えた。
「もう、日は跨いだわよね?ロティス、成人おめでとう」
「ありがとう、ミリア」
ミリアの目から流れる雫を月が照らす。
この明かりは何よりも綺麗だった。
「ふんっ……まあ、この空気に水を差すほどワシも落ちぶれてはいないのじゃ」
◇◇◇
「ロティス!おはよ!ねえねえ、ようやく今日だね!」
朝からハイテンションのエモニがいつも通り俺を起こしに来る。
しかし、いつもの、この13年間ほぼ聞かない日がなかった声は聞こえなかった。
「おはようエモニ。朝から元気だな。それと珍しくミリアがいないな?」
「そういえば、リビングの方にもいなかったような……朝からいないなんて珍しいね」
……なんだか、いやな予感がする。
昨日の夜の話、成人の日だからだとばかり思っていたが……。
まさか……な……。
「まあ、ミリアももうクラス6が見えるって話だし、忙しいのかもしれないな」
「うーん、そうかな~?あのミリアさんがロティスの成人の日に居ないなんてあり得るのかな?」
「まあ、分からないことをあれこれ考えていてもどうしようもない。それより、成人おめでとう!エモニ」
「ああっ!私から先に言おうと思ってたのに……そっちこそ、成人おめでとう!ロティス」
二人で言い合うと、思わず笑みがこぼれた。
「むぅ……昨日の夜からワシを放ったらかし過ぎじゃないか!ロティス!!」
三年前のあの日からずっと俺のそばにいる愛刀が刀の姿から幼女の姿になって言う。
いじけたように口をすぼめるユメの姿は三年前から変わっていない。
「ごめんってユメ。けど今日が勝負の日だ。頼むぞ」
口に出してもう一度強く意識する。
今日は成人の儀、つまり『絶望勇者』の開始時点、勇者覚醒イベントが起きる俺の命日。
この日を超えるために、あの日、この世界で目覚めた日から俺は努力をしてきた。
その集大成が今日だ。
一歩間違えれば俺は死に、エモニは闇落ちする。
何があっても乗り越えて見せる。
「もちろんじゃ!そうじゃそうじゃ!ロティスはもっとワシを頼るといいのじゃ!」
「ああ、頼りにしてるよ」
三年間、前世の腕を錆び付かせないようにさらに強くなれるようにと魔法と刀の訓練を文字通り死ぬ気でやって来た。
ユメとの信頼関係は以前よりもっと強固なものになっている。
「ロティス~、ユメちゃーん!ご飯食べよ~!あとなんか見たことないものが置いてあるよー!」
ユメと目を合わせ頷き合っていると、リビングからエモニに呼ばれた。
「おう!今行くよ!さ、ユメ行くぞ」
「むぅ……なんだかそわそわするのう……」
?
ユメがどうしてか少し寒そうに肩を抱いていたが、その手を引いてリビングに向かった。
「これは……!?」
そしてリビングに着いた俺達の目に入ったのは驚愕のものだった。
「か、刀じゃとぉぉぉぉ!?!?!」
俺が声を上げる前に絶叫したのはもちろんユメだ。
ユメがソワソワしていたのはもしかしなくてもこれが原因なのだろうか?
その絶叫の通り、机に置かれていたのは一振りの刀だった。
しかも、俺が前世で使っていたものと酷似している。
「無限……なのか?」
その名が口からこぼれ出る。
居てもたってもいられなくなった俺は、ユメにかまうことすら忘れ、その刀の柄を手に取った。
握った瞬間に理解する。
間違いない、これは俺が前世で握っていた刀だ。
中学生の誕生日に爺さんが手ずから鍛え上げてくれた刀で間違いない。
中二病をこじらせていた俺はこの刀に『無限』という名前を付けていた。
無数の斬撃を飛ばす、エモニの勇者魔法に憧れてこの名前を付けたのだ。
今となっては黒い歴史だが。
前世でも、こちらに来てからも見たことがないほどに透き通った黒い刀身のこの刀は、貰ったときからこの世のものとは思えない物だった。
そんな刀を俺が見間違えるはずがない。
「……ロティス?その剣、じゃなかった。刀のこと知ってるの?」
純粋な目を向けて聞いてきたエモニの声で俺は現実へと戻る。
「あ、いや……この刀もユメに負けないくらいの業物だなって思ってさ」
「ふんっ!」
咄嗟にユメの機嫌が悪くなってきていることも感じ取ってフォローを入れてみたが、効果はいまひとつ。
でも、どうしてこれがここに?
「あ、ロティス。その刀と一緒にこの手紙も置いてあったよ」
忘れるところだったと言いながらエモニが手紙を手渡してくれる。
シンプルなメッセージカードサイズの手紙だった。
『ロティスへ』
メッセージカードにはそれだけが添えられていた。
「なんだろうこれ?字はミリアの字っぽいけど……?」
「じゃあ、ミリアさんからの成人祝いなんじゃない?ほんとは直接渡したかったけど急な依頼が入っちゃったとか?」
そう言うことなのかな?
でも何かが引っかかる。
何が――と考え始めるよりも先に彼女が爆発した。
「ふんっだ!もうワシのことなんておいていけばいいのじゃ!大方、ミリアがワシを疎ましく思ってロティスにその刀を準備したんじゃ!」
さすがに放っておきすぎたか……。
朝から拗ね気味だったのじゃロリお姫様が完全に拗ねてしまった。
そっぽを向いて頬を膨らませている。
「何を言ってるんだユメ。確かにこの刀は業物だけど、俺達はあの神殿で出会ってから今日までずっと一緒に歩いてきただろ?そんなユメを置いていくわけがないさ」
俺の言葉にチラチラっとこちらを見るも、まだ足りない。
「それに俺の刀術、魚谷流は実は二刀流門派なんだぜ?ユメとこの刀があれば俺はさらに強くなれる。だからこれからも俺と一緒に居てくれよユメ」
最後の一言が決め手となった。
明後日の方角を向いていたユメが完全にこちらへ向き直る。
「ふ、ふんっ!そんなにワシの力が必要か?」
「ああ、ものすごく必要だ!」
「そうか、そうじゃよな!やはり、ロティスにはワシが必要じゃよな!!」
そう言って高笑いをするユメ。
ついにのじゃロリ属性に加えてチョロイン属性まで獲得したか……ユメ、恐ろしい子。
「……ロティス、今日は私たちのお祝いなのに全然私にかまってくれないんだ」
ああ、今度はこっちですか……。
やれやれ、手のかかるお姫様たちだぜ。
脳内ホストを召喚してみるも一向に状況が改善されることはなく、もっとも重要な日であるというのに、いつも以上にヌルっと一日が始まったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
ヌルっと三年後です。彼らは15歳になりました。
ユメ、恐ろしい子……。
エモニ……もう病んでる?
ミリア……どこに?
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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