第32話 新たな始まり
「ここがロティスの家か?」
ユメとミリアと一緒にギルドから帰ってくるとユメがテンション高めの声で、俺とつないでいる方の手をブンブンと振りながらそう言った。
「そうだよ。といっても主はミリアだけどね」
「む……そうなのか」
「ふふ、違うわよロティス。ここは私とロティス、二人の家だもの!」
やけに二人を強調するミリアにユメは意味ありげな視線を送る。
ミリアもそれに気づくと、一歩も引かずに視線を返した。
……またか。
「さ、入ろう!そういえばミリア、エモニは?」
俺がそう言いながらドアを開くと何かが勢いよくぶつかって来た。
「ロティスっっ!!おかえり!!」
「え、エモニっ!?ずっとそこで待ってたのか?」
扉を開けた瞬間俺にぶつかって来た、いや、飛びついてきたのはエモニだった。
「二人の家ではなかったのか?」
「エモニちゃんは別よ」
ユメとミリアはなんだかんだで相性が良いのかもしれない。
なんてことを考えながら、エモニを抱き留める。
「心配したんだからっ!約束したじゃん!魔法の成果を見せ合おうって!なのに……なのにロティス、帰ってこないから……」
目元に涙をためていくエモニ。
「ごめんエモニ。……」
色々あったんだ。と言おうとして直前で踏みとどまる。
今のエモニが聞きたい言葉はそれじゃないだろう。
「ただいま、エモニ」
「……うんっ!!」
◇◇◇
「そっか……そんなことがあったんだ」
俺たちは家に入った後、まだ状況を知らないエモニにこれまでのいきさつを話した。
「ああ、そうだミリア。明日の朝にでもギルドに行って、ダンジョンへは今後3年は入らないようにって言いに行こう。俺もナルの姿で行く」
「そうね……でも、あの魔族の言葉を信じてもいいのかしら?」
ミリアの不安はもっともだ。
そもそもあいつがどの程度の立場なのか、そのあたりの情報も一切わからないのに三年も先のことを話しそのままに信じていい物なのか。
だが、この世界の知識を持つ俺は分かる。
三年後の成人の儀、その日の夜にこの街は魔族の襲撃に会う。
「とりあえず、三年後に何かある想定で動けばいいんじゃないか?来るとも来ないともわからない物に毎日怯えて生きるよりは明確な期限があった方がいいと思う」
「それもそうね」
◇
俺とミリアがアインとの会話のことを話している間、ユメとエモニの間では激しい視線の攻防が行われていた。
「あなたがロティスの相棒?」
「相棒……まあそんなものじゃの。ワシとロティスは神の御業さえ再現してしまうような相性最高の関係じゃからの」
「わっ、私だってこれまで幾度となくロティスと連携して依頼をこなしてきたんだから!!」
バチバチと火花が散る。
「ふんっ!それにワシのこの姿はロティスの好みが完全に再現されているのじゃ!」
「?なにを言ってるの?ロティスはもっとバーン!なあれが好きなんだよ?」
……エモニさん?
ミリアもニヤニヤしながらこっちを見ないでくれ。
「何を言っておる。そんなはずがなかろう。ワシはロティスの好みの姿になるのじゃから」
「大丈夫、きっとあなたはこれからだから」
「なっ!この小娘めっ!」
ぎゃいぎゃいがやがやと騒ぐユメとエモニ。
この二人もなんだかんだで相性が良い気がする。
◇◇◇
「そうだロティス!魔法の成果の見せ合いやろうよ!」
帰ってきてみんなで遅めの夕食を取った後、エモニが唐突に言い出した。
「えぇ……確かに約束はしてたけどもう外は真っ暗だぞ」
「そうよエモニちゃん。やるなら明日にしましょう?私も指名依頼は当分なさそうだから久しぶりにゆっくり訓練も見てあげられるし」
「そ、そうだよね……ミリアさんの訓練はなくてもいいけど……」
なんだかエモニが目を泳がせている。
まあ、確かにミリアは訓練だとスパルタだからな。
「ま、そう言うことで今日はとりあえず解散かな」
こんな時間までエモニが家に居てはエリアさんたちも心配してしまうだろう。
そう思って解散を切り出す。
するとようやく自分の番が回って来たと言わんばかりに俺の手を取り、ユメが口を開いた。
「ロティス!ワシはベッドで寝てみたいのじゃ!」
そういえば、いろいろな景色を見せてやると言う話をしていたな。
ユメからしてみれば目に映るものすべてが真新しいのだろう。
伝聞によって知識はあっても、実際に見たことがないものに興味津々の様子だ。
だが、その発言に心中穏やかではいられない二人。
「それは……もちろん一人でってことよね?」
「二人で、とかはしないよねロティス?」
……うーん、このデジャブ感。
「何を言っておるのじゃ?ワシとロティスは一心同体のようなものじゃ。当然寝所は同じに決まっておろう?」
ピキッと窓にヒビでも入ったんじゃないかというような音が聞こえた。
「「ロティス?」」
……知ってました。知ってましたとも。
「まさか私の目の黒いうちは私以外の女の子と二人で一緒に寝るなんて許さないわよ?」
「私、前にロティスがミリアさんと一緒に寝てたことも忘れてないからね?」
………………詰んでるよ、どうしよ――
「ロティス、早く連れて行ってくれ!ワシは寝床はあの固い祭壇しか知らんのじゃ」
……そんなこと言われたら絶対ベッドで寝かせてあげたいじゃん。
俺の手を引くユメとものすごい眼圧を向けてくるミリアとエモニ。
こうして三日ぶりの穏やかな睡眠は難しいものになった。
◇◇◇
「分かりました。ミリアさん、ナルさんご報告ありがとうございます!」
「気にするな。これは私に当てられた依頼だったのだから」
翌朝、俺とミリアはエモニを連れて、ギルドでダンジョンに入るなという旨の報告をしていた。
「それでもわざわざ王都から来ていただいて……あの、もしよろしければこの後昼食などご一緒に……」
俺達の報告を受けていた受付嬢がそんなことを言い出す。
まあ、王都サンシャインギルド直属のコントラクターは他のコントラクターとは扱いが少し異なり、他のギルド所属のコントラクターより立場が少し上の扱いをされているためきっとこういうことはよくあるのだろう。
だが、左の腰辺りで姿を消しているユメと隣に立つミリア、エモニからの無言の視線の前でこの誘いに応じられるほど俺は図太くない。
「すまない。私はもう王都に戻らなくてはならないんだ。そのお誘いはまたの機会に」
「そうですよね……あっ、ダンジョンのことは徹底して周知しておきます!」
少し残念そうな表情を見せた受付嬢だったが、すぐに仕事の顔に戻る。
「ああ、よろしく頼む」
そう言って、俺はギルドを後にしようとした。
「待てっ!!ナルっ!!!」
「その声は……貴様か」
ギルド全体に響くほど大きな声で呼び止められた俺が振り返ると、俺がこの姿で初めてギルドを訪れた日に戦ったコントラクターライが息を切らしながら立っていた。
演習場で訓練でもしていたのだろうか?
「俺は、強くなる!いつか、あの屈辱を絶対に晴らしてやるっ!だからお前もそれまで誰にも負けるんじゃねぇぞ!!!」
その言葉からは信念のような強い志が感じられた。
……別に、答えてやる義理はないんだが、この街のコントラクターが強くなっておいて損はないはずだ。
「ふっ……では三年。三年後までに私のクラスに追いついて見せよ。さすれば再度貴様の挑戦を受けてやろう」
「!いいさ!やってやる!だからお前もその言葉、忘れるんじゃねえぞ!」
「ああ」
最後に軽くそう答えて、今度こそ本当にギルドを後にした。
……足早に。
「なにあいつ。厄介なファン?もし、何かされたら私に言ってね?排除しておくから!」
「あいつ、ロティ……じゃなかったナルにあんな暴言を……。許せない……」
危なかった。
あと少しでもあの場に留まっていたらライのコントラクター人生は終わりかねなかった。
「大丈夫だよ二人とも。それにこの街のコントラクターが強くなることに越したことはないから」
そう言ってミリアとエモニを説得しながら、自分も三年後のためにもっと強くなろうと心に決めた。
ユメからも俺の意思に応えるような感情が伝わってくるのを感じた。
「勝負は、三年後だから」
俺のつぶやきに三人も気を引き締めるのが伝わって来た。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
これにて準備パートは終了です!
次話からは1話冒頭に向けてこの話の三年後から始まります!
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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