第30話 魔族アイン

「アインっ!何をしたっ!!」


 振り返り言いながら驚愕させられる。

 一瞬ミリアの方を見て目を離しているうちに、ギルドマスターアインはその姿を魔族アインとしてのものに変えていた。

 額からはねじれる二本の角が生えており、いかにもな姿をしている。


「ほう、流石はクラス5。私の催眠魔法を耐えますか……」


 そんな俺の驚きは全く意に介さず、アインは感嘆の声を漏らした。

 ミリアを庇うように前に立ち、アインへと向かい合う。


「ロティスっ、私は、大丈夫よ……」


 大丈夫と言っているが、その声は弱弱しく、今にもかき消えてしまいそうだ。


「まだ喋れもしますか……いやはや、これほどの実力を隠していたとは、クラスは正確に申告して欲しいものですね……」


 手を振るっただけでミリアに膝をつかせるほどの実力……。

 果たして俺に対抗できるのだろうか。

 ユメの柄にしっかりと手をかけ、抜刀の構えをとる。


「くくっ、だから大丈夫だと言っているでしょう?ロティスくんあなたは素晴らしい。あのグレムリンを倒し、転移魔法からも無事に帰ってきて見せた。私はキミをとても買っています。ですのでなんでも質問にお答えしましょう」


「……なぜ魔将ヒルウァの部下がこの街でギルドマスターなどをやっていた!」


 とてもじゃないが奴の言葉をそのまま信じる気になれない。

 警戒心はそのまま、怒鳴るように問う。


「簡単な話しですよ。私がこの街に派遣された斥候だからです。魔将ストイ様により勇者覚醒の兆しがある街には私のような斥候が派遣されているのです」


 !?

 なんだと!?

 あまりの情報に驚きを隠しきれないが、何とか表情に出さないようにこらえた。


「勇者覚醒の兆しとはなんだ?」


 表情を変えないようにあくまで自然に疑問をぶつける形で突然発せられたに探りを入れる。


「そのままですよ。ああ……勇者の説明の方が先ですね。勇者とは我々魔族の天敵にして、人類の希望。敬虔な邪神信仰の魔族からしたら目の敵な存在でして、その勇者になりうる者がこの街に現れると言う邪神の予言があったのです」


 これは……エモニのことなのか?

 だが、あの力が勇者の力とはとても……


「……その勇者に目星はついてるのか?」


「いえ、残念ながら。この街には居ないのかもしれませんね」


 ……こいつの言葉をそのまま信じる訳にはいかないが、今のこいつの態度から鑑みるに事実である可能性は高そうだ。

 とりあえず勇者の話はこのくらいにしておこう。

 こっちのボロが出て余計なことになるのはまずい。


「じゃあ少し話は変わるが、あのグレムリンはなんで光閉ざす森ダンジョンにいたんだ?」


「それは魔族伯爵ストイの領地が侵攻を受けているからですね、我々魔将ヒルウァ陣営から」


「……は?魔族同士でやり合ってるのか?」


「別に珍しいことでもないでしょう。人間だって王都サンシャインと武の都マーズは争いの火種を抱えているではありませんか」


 言われてみれば確かにそう珍しいことでは無いのかもしれない。

 王都と武の都の話は今初めて知ったのだが……。

 でも一体なんで?


「ストイとヒルウァの間にはなにか軋轢があるのか?」

 

「まあ、そのあたりは複雑な事情があるのですよ。そうですね……これはひとつ助言ですが、これから3年間ほどはあのダンジョンに近づかない方がいいと思いますよ」


 ……戦争がはじまるということか。

 それに3年と言う期間、それはつまりメインストーリーの開始時点ということ。

 

 やはり、俺を殺してエモニを覚醒させる『絶望勇者』の最初のイベントは起きそうだな。

 だが、それを避けるためにここまで強くなってきたんだ。

 俺は死を回避して、エモニには覚醒もさせない。

 

「近づかなければ、俺達やこの街に被害はないんだな?」


「確約はできませんが……少なくとも3年間はないかと。そのあとは私にも予測できませんが」


「ずいぶんと含みのある物言いだな……」


「そう言われましても……私は魔族ですので。本来は人族を欺き、惑わせ、取り込むもの、ですから」


「なるほどな、確かに俺たちはずっとあんたに欺かれていたわけだ」


「くくっ……私の唯一の得意分野ですので。それよりロティスくん、面白いものを手に入れたみたいだね?」


 アインは俺の腰の方を指さしながらそう言った。

 それにつられるように、それまで黙って話を聞いていたミリアも俺の腰を見たようだ。


「刀っ!?」


「おっとミリアさん。催眠から脱したのですか!さすがですね」


 ミリアがバッと立ち上がり、驚きを隠しきれないと言った表情をしている。


 ……どうして、刀を知っているんだ?

 絶望勇者の世界には刀は登場しないはず。

 俺だってあの封印されたの6階層に行くまではこの世界での刀の存在を知らなかった。


「ろ、ロティス。その刀、なに?さっきは魔族云々の話しで全然気が付かなかったけど、もしかしてさっきのロティスの恰好をしていた変なしゃべり方の子?」


 なぜかわなわなと肩を震わせながらそう言うミリア。


「変なしゃべり方じゃと!?わしはかの高名な夢幻刀陽炎じゃぞ!!」


 するとその声に反応し、刀の姿のままユメが反論する。


「ムゲントウカゲロウ?なにを言っているの?それと喋り方は何も関係がないんじゃないの?」


 また、言い合いを始めてしまったミリアとユメ。

 それを見てやれやれという反応をするアイン。

 今ばかりはアインの方に同意だった。


 ◇


「まあ、ロティスくん。私たちは話を続けようか。それでそのカタナ?とかいう剣はどこで手に入れたんだい?」


 やはりこいつは刀のことを知らないよな……。

 もしかしたら邪神が振るったということで魔族側には刀の逸話のようなものが残っているかもしれないと思ったが、そういうことはないようだ。

 だったら、ミリアはどうして?

 

 そう思ったが、今は少しでもこのアインから情報を得たいと思い、一旦その思考は横に置いた。

 

「あのグレムリンの魔方陣で飛ばされた先で見つけた」


 簡潔に、それ以上探られないように答える。


「ほう、転移魔法を植え付けられたグレムリンがまだ残っていましたか……まあ、もう死んでいるでしょうからどうでもいいですが。それより、そんな妙な形の剣をどうやらとても使い慣れているご様子。私に武の心得はありませんが、そう言ったものがある程度の腕に達するには、才能以前に修業が必要なのでは?」


 探られないように答えたが、どうやら先ほどの構えなどから使い慣れていることはバレてしまっている様だった。


「さぁ?この剣を握ったときから振り方は分かりましたので」


 俺は動揺を悟られないように、強気に出る。

 癖で敬語が出てしまったが、もう気にしても仕方がない。


「……そうですか。まあ、良いでしょう。他に何か聞きたいことは?なければ私はヒルウァ様の元へ戻りますよ。ギルドマスターのことはご心配なく。本物はずっと自宅に居ますので」


 とりあえず、それ以上の追求はされなかった。

 だが、コイツは何を普通に帰ろうとしているんだ?


「逃がすとでも?」


 少なくとも俺の前でミリアを害している。

 催眠を振り切った今のミリアとユメを装備した状態の俺なら、十分にこいつに勝つことができるだろう。

 軸足の左脚に力を入れ、右脚を踏み込むだけですぐに抜き打てるようにする。

 俺の集中力が伝わったのか、ユメとミリアも言い合いを止めてアインと向き合っている。


「くくっ……いいですねぇ!!!ですが、私がここで死んでしまうと間違いなく標的はこの街になりますよ?」


 そんな俺たちの様子を見てもまだアインは余裕そうだった。


「実際、あなたは魔族側の斥候を殺していますよね?さすがにもう斥候が殺されたことは魔族も気が付いているはず。その上で私がこの街で死んだとなれば……どういうことか、分かりますよね?」


「チッ……」


 あの時、腕試しで戦ったハイコボルトがここまで尾を引くとは……。

 

「ロティス、ここは止めておきましょう。状況はまだ飲み込めていないけど、きっとそのほうがいい気がするわ」


 苛立つ俺をミリアが諫める。

 こういう時に落ち着いてくれるのは非常にありがたい。


「ああ、そうだね」


 俺は一度深呼吸をし、刀にかけていた右手をおろす。

 それを見て、ミリアも身体強化を最低限まで落とした。


「それじゃあ、またいつか会おう。ミリアちゃん、ロティスくん。キミたちにはしているよ?」


 最後にそう言い残し、アインの姿は徐々に消えていく。

 数秒としないうちにアインは黒い霧となり、俺達の前から完全に消え去った。


 ◇◇◇


「あの剣……いや、刀ですか。と言うことは……。勇者はいなくとも救世主はいましたか。くくっ、いいですね。ああ、非常にいい。これは何としても3年ほどの時間は稼いであげましょう。そして私に見せてください。この世界の……」


 明らかに異形の物と分かる大きな翼をはためかせながら、その男は楽し気に笑っていた。

 月の光に照らされたその顔は冒涜的に歪み、笑い声は背筋におぞましさを感じさせられるようなものだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


ミリアさん。

ロティスくんと自分以外の人が絡むと確実に言い合いをしている気がする……。

でもこれも愛ゆえ。


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