第20話 つかの間の休息

 ギルドマスターから内密に依頼を受けてから6日目。

 ついに明日から王都より派遣されたクラス4コントラクターとしての二重生活が始まる。


 いつものごとく今日もギルドに依頼を受けに来た俺とエモニだが、ギルド内は明日来るというそのコントラクターの話しでもちきりだった。


「ねえ、ロティス。どんな人が来るのかな?」


 それはエモニも同じようで興味津々と言った様子だ。

 すまないエモニ。それ、俺なんだ……。


 なんて言う訳にはいかず……。


「あ、ああ、どんな人だろうな。でもダンジョンの調査が目的らしいし、俺達と会うことは少ないんじゃないか?」


 苦し紛れの言い訳。

 だが、どうしようもないことだ。

 

「それもそっかぁ……」


 そして、エモニは基本的に俺を疑わない。

 だからこれでいい。


「あ、ロティスくん、エモニちゃんおはよう」


 そんな話をしながら受付のカウンター前までやってくるとミナさんが挨拶をしてきた。


「おはようございます」

「ミナさん!おはよう!」


「今日も依頼かな?うーん、今日はゴブリン討伐が多いからなるべく女の子に行ってほしくないんだよねぇ……」


 ミナさんは依頼書をぺらぺらとめくりながらそんなことを言っている。


 ゴブリン……ゲームではコボルト以下の雑魚モンスターとして登場していた魔物だったが、一度ここが現実となってしまえばそうも言っていられない。

 ゴブリンどもの厄介な点は自分たちでしっかり陣形を組んでいることだ。

 考えてなのか、生存本能として獲得したのかは不明だが、まるでパーティを組んでいるような前衛、後衛のフォーメーションを組み戦闘を仕掛けてくる。


 そしてやつらが狙うのは若い女性だ。


「うえぇ……ゴブリンって気持ち悪いから嫌いなんだよね……」


 何度か俺達も戦闘経験があるがその時もエモニは執拗に狙われていた。


「う~ん、やっぱり微妙ねぇ。そうだ!じゃあ明日からギルドはうるさくなりそうだし、たまには依頼を受けずにゆっくりとしたらどうかしら?」


 エモニの反応を見たミナさんは、まるでその反応を待っていたとでも言うように饒舌になる。

 そして俺にはチラッと目配せをしてきた。


 ……なるほど。ギルドマスターはやはり気の利く男のようだ。


「確かにそれもいいかもしれませんね」


 俺はエモニより先にミナさんの提案に頷いて見せる。


「えっ……お休み?いいのかな?……でも、ロティスがいいって言うなら……」


 エモニは揺れている。

 特にノルマなどがあるわけではないが、もう1年以上は毎日のように訓練をする生活をしてきているのだ。

 少しでも休むことにはなんとなく引け目を感じてしまうのだろう。


 もう一押しになる何かはないかと必死に思考を巡らせる。

 今日、エモニに付き合っておけば明日は一人になりやすくなるだろうという打算もあるが、エモニはまだ前世で言えば小学校高学年程度。

 毎日仕事漬けなんて精神衛生上よろしくない。


 だが、そんな思考の必要はなかった。

 どうやらこの流れもギルドマスターの想定通りだったようだ。


「あ、エモニちゃんそう言えばあの有名なカフェレストランのデザート無料券がここに……」


 胸元からぴらっと二枚のチケットを取り出すミナさん。


「えっ!それってあのシュガールのチケットですか!?」


「ご明察だね!エモニちゃん。そうだよ!でも今日のお昼までで私は仕事があるからいけないんだよね~」

 それに相手もいないし……という呪詛が聞こえた気がしたが、気づかないふりをした。


「ええっ!?もったいない……」


「そうなんだよね~だからもしエモニちゃんの疲れを取る助けになるなら2枚とも上げちゃおうかな~って」

「も、貰います!!ロティス!今日はお休み!シュガールに行くよ!」


 エモニの引け目はデザートに完全敗北した。


 ミナさんから2枚の無料券を貰うと俺の手を引いて出口へ向かうエモニ。

 その最中にミナさんを振り返ってみればパチンっとウインクを飛ばしてきた。


 大丈夫ですよミナさん。

 その愛嬌があれば、相手なんていくらでも見つかります。


 と思ったが、顔には出さないように努めて軽く頭を下げギルドを後にした。


 ◇◇◇


「ロティス!楽しみだね!」


 俺はエモニに手を引かれるままに月の街では有名なカフェレストラン『シュガール』へやって来た。

 落ち着いた純喫茶のような装いの店内にはこの世界にはないクラシック音楽が聞こえてきそうだ。


「ああ、そうだな」


 ……話を合わせるが、正直何があるのか全然わからない。

 この『シュガール』はゲームでは立ち入ることのできない侵入不能エリアなのだ。

 存在こそ知っているが、こっちに来てから強くなることだけに固執していた俺は世俗に疎い。


「ロティスは何が食べたい?」


「うーん、そうだな……エモニのおすすめはあるのか?」


 テーブル席に二人で向かい合って座り、出された水を飲みながらメニューを眺める。

 だが、こういう時は変に知ったかぶってもいいことはない。

 素直に聞いてみることにした。


「もちろん!やっぱりシュガールといえばプリンだよ!」


「プリン?プリンがあるのか?」


「ええっ!?ロティス知らなかったの?シュガールのプリンと言えば、王都からもそれを目当てに食べに来る人がいるくらいなんだよ!すっごい濃厚で甘いんだって!」


 エモニはハイテンションで絶賛している。


「じゃあ、俺はそのプリンにしようかな」


「うん!じゃあ、私もプリンにしよ!」


 こうして二人でプリンを頼んだ。

 数分待つと皿の上にずっしりと存在感を放つプリンが運ばれてきた。

 黄色い肌を伝うカラメルに食欲をそそられた。

 

 エモニと顔を見合わせてから、二人一緒にひと口。

 その甘味に舌鼓を打つ。


「これは……エモニが絶賛するだけはあるな」


「でしょ!私もギルドの噂で聞いただけだったけど、絶対おいしいって思ってたんだ!」


 このプリンは本当においしい。

 昔は親父の謎の人脈で色々な酪農家から牛乳をいただくことがあり、母さんがたまにプリンを作ってくれることがあった。

 このプリンはその味に似ていた。


 懐かしいな……。

 味覚は記憶と密接に関係しているなんて話をどこかで聞いた記憶があったが、本当だったようだな。

 プリンの甘みと一緒に感傷が胸いっぱいに広がっていく。


「ロティス?」


 そんな風に感傷に浸っていると、心配そうな顔をしたエモニと目が合った。


「なんか……寂しそう?どうしたの?」


 おっと、せっかくのお休みなのにエモニを心配させちゃダメだ。


「いや、このひと口を食べたらプリンが終わっちゃうと思ったら寂しくてな……」


「あはは、何それ!でも、そんなに気に入ってくれたならまた来ようよ!」


 ああ、そうだよ。

 俺はこの笑顔を見るためにこの世界にやって来たんじゃないか。

 

「だな。また来よう」



 こんないい雰囲気で店を出たが、依頼から帰って来たミリアにエモニが自慢をしたことによってシュガールにて夕ご飯を食べることになった。

 まあ、こういう日もいいだろう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


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