第15話 絶望の力

 エモニと少し離れて走り出した俺はハイオークが射程圏内に入るとすぐに相手の気を引くため、隠密を解除する。

 

 ちょうど今にも三人のコントラクターめがけて突進しようとしていたハイオークが俺の気配を感じてこちらを振り返った。

 俺はその顔をめがけて、魔法を放つ。


「土属性下位魔法『ガンジュ』!」 

 

「グアアアアアアッ!!」


 大きな頭のちょうど頬の部分に俺の魔法が命中すると、ハイオークはそれまでの気配を消した行動からは一変し、耳をつんざくような雄叫びを上げた。


「うおっ!!」

「なんだこいつ!?」

「まさか、ハイオーク!?」


 こちらに向かってきていたコントラクター三人組もさすがに気が付いたようで、それぞれ魔法の準備や携えた武器に手をかけている。


「はやく逃げてください!ここは俺に任せて!」


 だが、見たところ三人はクラス1のコントラクターのようでハイオークが相手では戦力になるとは思えなかった。


「子供一人に任せるなんてできるわけがないだろう!加勢するぜ!」


 だが、コントラクターとして依頼を請け負う者としてのプライドか、逃げようとしない。

 一人がそう言うともう一人は頷いた。

 しかしハイオークは気合いやプライドだけでどうにかなる魔物ではない。


「避けてくださいっ!!」


 ハイオークは賢い魔物だ。

 戦闘でも弱い相手からしっかりと狙って攻撃してくる。

 案の定せっかく俺の稼いだヘイトは無駄になり、もう一度振り向きなおしたハイオークは三人組をめがけて突進した。


「なっ……!」

「ひいぃぃぃぃ!」

「間に合わない……!」


 最悪だ。

 この距離では魔法の着弾より先にハイオークの突進が彼らに直撃してしまう。


 もうどうしようもないと思ったその時――

「土属性中位魔法『ヘカトン』!」


 威力よりもスピードに重きを置かれたであろう高速の魔法がハイオークに直撃した。


「エモニっ!?」


「ガアァァァッ!」


 ハイオークのうめき声と共に姿を現したのは、隠れて上位魔法を当てる隙を狙っていたはずのエモニだった。


「ごめん、ロティス。このまま見殺しにはできなかった……」


「……もう仕方ない!それより、来るぞっ!」


 無抵抗の状態からエモニの魔法を食らったハイオークは目に見えてわかるほど怒り狂っていた。

 いくら賢い魔物とは言え、二度も不意打ちを食らえばこうなってしまう。

 そしてもちろん、その怒りの矛先はエモニだ。


 先ほど以上のスピードでエモニに向けて突進するハイオーク。

 エモニは森の木々を利用して何とかやり過ごすも、あれ以上執拗に狙われるのはまずい。


 ハイオークが次の突進の姿勢に入る前に身体強化魔法を纏い飛び出した俺がハイオークに体当たりをする。


「エモニ!上位魔法を撃てるだけの魔力はあるかっ?」


 身体強化魔法を全身に巡らせて、メイスを振るうハイオークの攻撃を近距離で捌きながら叫ぶ。


「――ッ、ごめん。もう上位魔法は……」


「分かった。それじゃあ下位魔法で俺を援護してくれっ!」


 ミリアに叩き込まれた体術でなんとか攻撃を捌くも、さすがは力が自慢のオーク種。

 その一撃一撃は重く、相当自信のある俺の身体強化魔法でも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうなほどだった。

 せめて俺にも得物があれば……。


「お、おい……」

「お、俺達はどうすれば」

「……」


 三人組のコントラクターはすっかり足がすくんでしまったようで、動けそうにない様子だった。


「早く逃げてっ!急いで応援を呼んで!」


 三人組に向かってエモニが叫ぶ。

 だが、その声は届かず彼らの中で一人黙っていた男が魔法を発動した。


「風属性下位魔法『ヒュロス』!」


 風の刃にはならない程度のせいぜい突風を起こす程度の弱い魔法。

 だが、急な風は俺の足を取るのには十分すぎる強さだった。


「チッ、くそっ……」


 突風に足を取られた俺は体勢を崩してしまう。

 もちろんその隙を見逃してくれるハイオークではない。

 体勢の崩れた俺めがけてメイスが振り下ろされる。


 咄嗟に両腕でガードするも勢いは殺し切れず、そのまま地面にたたきつけられた。


「なっ、なんで!?なんでロティスに魔法をっ!!!?」

 

「悪いな嬢ちゃんたち、俺達が逃げ切るにはそうするしかないんだ!」

「お、おいっ!お前なにして……」

「うるせぇ!黙って逃げるぞ!子供の犠牲を無駄にするなっ!」


 さっきまで無口だった男がそう叫んで逃げようとする。


「そ、んな……」


 だが、ここにいる全員がエモニから目を離せなくなっていた。

 辺りが急に暗くなったように感じてエモニの方を見るとエモニの表情が絶望に満ちていくのが分かった。

 その目からは尋常じゃないほどの赤い魔力が迸っている。


「ェモニ……俺は大丈夫だからっ!」


 掠れる声を必死に出して、そう伝えるもエモニには届かず、俺の視界には真っ赤な魔力を全身にまとったエモニの姿が映った。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 その突然の魔力の高まりに、ハイオークすら戦慄を覚え立ちすくんでしまっているようだった。


 ああ、これは……。

 この現象を俺はよく知っている。

 

「エモニっ!ダメだ!その力はっ!!」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 圧倒的な魔力の威圧感。

 気を抜けば一瞬で意識を飛ばされそうな中でも、気合いでなんとか立ち上がりエモニの元へ向かう。


 横目に見えたさっきの三人組はエモニの魔力を受けて失神していた。


「グッ……グガァァァァァァァァァッ!」


 どんどん強くなっていくエモニの魔力にハイオークも後ろを向いて逃げ出していた。


「待て、お前は絶対に殺すっ!」


 敗走していくハイオークめがけて突っ込もうとするエモニの正面に何とか立つと、残りの魔力を全て使う勢いで身体強化魔法を発動し、エモニを抱き留めた。


「エモニ、エモニっ!俺は大丈夫だから。な?落ち着こう」


 抱き留めた胸に強い衝撃を感じるが、エモニと俺の間に風属性魔法で空気のクッションを作ったことで吹き飛ばされることはなかった。


「ロ、ティス?わた、し……何を……」


「何でもないさ。もう大丈夫。ハイオークも撃退できたし、全員無事だ。さあ、帰ろう」


 ハイオークの一撃を受け止めたせいで全く感覚のなくなってしまった腕でエモニを抱きしめて言い聞かせる。


「大丈夫、エモニはみんなを守ったんだ。それだけを覚えて居ればいい。他のことは全部忘れよう。結果よければすべてよし、だろ?」


 俺がそう言うとエモニの激情が落ち着いていくのが分かった。

 同時にだんだんとエモニの身体から赤い魔力が薄れていく。


「ロティス、ロティス……私、心配で……」


「ああ、分かってる。でもほら、今エモニを抱きしめられてるだろ?大丈夫だから!」


「ぅ、ぅん。そうだね……ロティスはちゃんといる。大丈夫」


 俺の存在を確認するようにやさしく抱きしめ返すエモニの背中をなでながら俺は勇者の力の本質を理解し、同時に思った。

 この力は絶対に使わせてはダメだと。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


タイトルを少しいじりました!


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