第14話 異変

「ねえ、ロティス。なんか今日……」


 森に入って昨日と同様にオークを討伐していた時、明言を避けるようなあやふやな言い方でエモニが俺を呼んだ。


「ああ、エモニの言いたいことは分かる。何かが変だよな」


 エモニも感じている異変を俺は明確に感じていた。

 間違いなく、今日のオークはいつもより強い。


「今さっき倒したオークも下位魔法とは言え、私とロティスの魔法を両方背後から食らったのに、振り返って攻撃してきたし、絶対いつもより強くなってる」


「だな。何かあっても良くないし、ここから引き返そう。引き返す間に遭遇するオークも倒せば二人のノルマ10体には届くだろうし」


「うん、そうだね。その方がいいと思う。なんだか嫌な予感がするし……」


 いつもより深く森に入っているわけではないが、今日はもう既に8体のオークと戦闘している。

 さすがに遭遇しすぎているし、エモニと俺が同じように感じたオークの強化も未証明だが、何かあってからでは遅い。

 そう思っていつもより早く引き返すことに決めた。


「どうするロティス。急いで戻る?」


「いや、慎重に行こう。気配察知と隠密行動を最大限に心がけてゆっくり戻るんだ」


 俺は昨日のダンジョンで戦ったハイコボルトのことを思い出す。

 魔法耐性のある武器を使い、実際にクラス四相当であることを示す黄緑色の魔核を遺したあいつのようなことがダンジョン外でも起きているかもしれない。


 昨日のハイコボルト程度なら、エモニと二人でかかればそこまで難しくなく倒せるだろうが、ハイオークと遭遇でもして、そいつも格の上昇をしていたら余裕で死んでしまうだろう。

 クラス5からは強さの次元が違うとミリアが言うほどだ。

 過剰なほど警戒して当たるべきだろう。


「分かった」


 エモニと横並びになって、お互いのことを常に視界に収めながら最大限の警戒を続ける。

 その警戒姿勢のまま進み続けて、もうすぐ森の出口という所までやってきた。


「ふぅ、ロティスもうすぐだね。あれからちょうど2体のオークも倒して、ノルマの10体も達成したし、何事もなくてよかっ――むぐっ」


 出口が見えたことで少し気を抜いたエモニの口を無理やり手でふさぐ。


「エモニ!感じないか?この気配」


 エモニの口をふさいだ姿勢のまま近くの木の陰に身を屈めると小声でエモニに伝える。


「!?この気配って……」


 俺の緊張感が伝わったのか、すぐに警戒姿勢に戻ったエモニも感じたようだ。


「まだ遠いが明らかに一つ、いつも感じる奴らより強い気配がある。多分ハイオークだ」


 ハイオーク……クラス四位指定される、この森に現れる魔物の中では最上位に位置すると言っても過言ではない魔物の一体。

 オーク同様に力が自慢だが、図体に反して俊敏な動きに気配を周囲に溶け込ませるのが上手く、あのミリアでさえ警戒を緩めると背後を取られるような相手だ。


 正面からの二対一なら負ける気はしないが、オークの群れと一緒に現れたりすると途端に形勢が悪くなってしまう。


「どうしよう……もし、さっきの私に気付かれてたら……」


「過ぎたことを気にしても仕方ないさ。とりあえずこの気配が離れるのを待とう。もしこのまま街まで追って来られたら大変なことになりかねない」


 そこからはなるべく声も出さないように、二人で身を潜め、ハイオークらしき気配が離れる機会を窺う。


「ロティス、あれっ!」


 しかし、事態は良くない方向へと転がり始めていた。

 エモニが小声で指さした方向には、街の方から依頼を受けて森に来た俺たち以外のコントラクターの姿があった。

 

「まずいな、あの三人組気が付いてないっ!」


 まだ森に入る前だから仕方のないことだが、今こちらへ向かってきているコントラクターたちは気配察知をしていない。

 完全に気を抜いている。


 その時だった。

 俺とエモニはその気配に咄嗟に体を地面に這わせる。


「今のって……」


「ああ、間違いない。ハイオークが動いた!」


「どうしよう。あの人たち絶対気付いてないよ!」


「………………」


 あいつらのおかげで今なら俺とエモニは安全に街に戻ることができる。

 勝算も十分でない今、無理に戦うより逃げた方がいいはずだ。

 それに目当ての獲物さえいなければ、魔物が森の外に出てくることは滅多にない。

 ここは仕方ないだろう逃げよ――


「ロティス!助けなきゃ!あの人たち死んじゃう!」


 逃げよう。そう口にしようとした瞬間エモニの必死な顔が目に入った。

 こんな顔をさせたまま、逃げ帰っていいのか?


 思い出せ!俺が死ぬ前に思ったことを!

 エモニの笑顔を守る。それが俺の目的だったじゃないか!


 逃げる方向に傾いていた思考を振り払い覚悟を決める。


「ああ、助けよう!」


「ロティス!」


 俺がそう言うと、安心したように少しはにかむエモニ。


 だが、助けるとは言っても相手は格上。

 今のところハイオーク以外の魔物の気配は近くに感じないが、他のハイオークが寄ってきている可能性もある。

 本来ならしっかり作戦を立てて臨みたいところだが、もう時間がない。


「エモニ、残りの魔力は?」


「上位魔法ならなんとか一発、中位なら十発はいける!」


「よし、じゃあいつも通り行こう。俺が飛び出して注意を引いて、気配を殺したままのエモニが一発で仕留める。中位魔法じゃ力不足だから上位魔法だ。確実に仕留められるタイミングで決めてくれ」


「分かった。でもロティスも無理はしないでね」


「もちろん、やるからには成功させよう!俺達であの三人を守る!」


 俺とエモニは気配を消しながら出せる最大限の速度でハイオークが居る方向へ向かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


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