第2話 ミリアとギルド

「は~い、ロティス。朝のミルクですよ~。ごめんねママおっぱい出なくて……、無駄に大きく育ってるくせに必要な時に使えないんじゃ意味ないわよね~」

 

 何度か呼ばれてハッと気がつく。

 ロティス……。

 この名前は『絶望勇者』の勇者覚醒イベントのため、犠牲になるエモニの幼馴染NPCの名前じゃないか……。


 いや、わからない。まだ名前が一致しただけだ。

 そもそも、夢かもしれないのだ。

 いや、やっぱりゆめ……「ぇぅ!」

 

 突然、ゴムのような感触の突起物を口に押し込まれる。

 そしてこのリアルな感触で察してしまう。

 ああ、夢じゃないんだ……。


 本能のまま、口に押し込まれたものを吸ってみるとほのかに甘くてぬるい液体が流れ込んでくる。

 

「ロティス~ミルクはおいしい?いっぱい飲んで大きくなってね!」


 母親らしき美人さんに半ば無理やりミルクを飲まされ、背中を叩かれげっぷまでさせられてしまう。

 

「ゖふ」

 

「は~い、よくできました。じゃあ、お仕事行こっか!」


 おんぶひものようなもので美人さんの背中に背負われると、外に出た。


 若いのに子育てしながら働いているのか……すごいな。

 外に出るとすぐに美人さんは声をかけられる。

 

「あら、ミリアちゃん。おはよう。まだ若いのに偉いわね」

 

「えへへ、そうでもないよ。この子はもう私の子だから」

 

「何か困ったらおばさんにすぐ言うのよ?」

 

「おじさんもいるからな~!」

 

「みんなありがとー。じゃあロティスと一緒にお仕事行ってくるね」

 

「私たちでよければエモニと一緒に見ておくけど、いいの?」

 

「うん、いつもありがとうエリアさん。でもこの子、私がいないと寝るまで泣き止まないから!」

 

「そう?じゃあ気を付けてね。また、果物とか持っていくわ」

 

「やった!エリアさんありがとう!行ってきまーす」


 この子はミリアというようだ。

 ミリアなんてキャラ絶望勇者に登場しただろうか……。

 いや、いなかったはずだ。

 

 そもそも、ロティスに親はいなかったはず。

 何百周も、テキストがちぎれるくらいまで読み込んだ俺だ。

 覚えていない名前持ちキャラクターなんていない。

 

 だが、エリアというさっきの30代くらいの女性は覚えている。

 

 主人公、エモニの母親だ。

 確かにエモニという名前も言っていたし、やはりここは絶望勇者の世界なのだろうか?

 でも、このミリアは?

 なぞは深まるばかりである。


「あれ?ロティス。今日はまだ起きてるの?いつもは私の背中で揺られだしたらすぐ寝ちゃうのに」

 

 背負われているのだから、体の見た目は赤ん坊なのだろうが、中にはアラサーのおっさんが入っているのだ。

 このくらいの眠気、耐えられない通りはない。

 

 ……一人で考えて、赤ん坊になっても社畜根性が抜けていないことに寒気がした。

 あれってやっぱりカフェインの力だけじゃなかったんだな。

 

「ロティス、どうしたの?寒い?ちょっとふるえてるよ」

 

 違うんです。現代社会の闇というか恐ろしさを改めて感じただけです。


「まあ、顔色が悪いとか、体が熱いとかはなさそうだし、大丈夫かな?せっかく起きてるならママが街を案内してあげるね!」

 

 仕事に行くのでは?朝から寄り道できるなんて、なんて良い企業!

 来れるだけ早く来て、残れるだけ残るそんな世界で生きて来た俺からは考えられない。

 

 いや、そもそも絶望勇者の世界に企業と呼べるような集団はギルドくらいしかなかったか。


 

 あちこち連れまわされたが、背負われていて視界の悪いこの状況ではいまいちよくわからなかった。

 まあ、ここが絶望勇者の最初の街。月の街ならマップは完璧に頭に入っているが。


「そしてここが、月の街ギルドだよ!」

 

 どうやら、本格的に絶望勇者の世界っぽくなってきた。

 

 

 絶望勇者の世界観は基本的に無信仰の人々と聖神信仰の人族側、邪神信仰の魔族側という形で分かれている。

 人族側は過激な思想を持たない信仰文化で、聖神信仰も基本的に内々で行われている。

 それに対して魔族側の邪神信仰文化は過激的な思想が強く、邪神信仰を明言していない町や人などを襲うこともある。

 

 そしてこの侵攻のために魔族によって生み出されたのが魔物である。

 一度生み出された魔物は、瞬く間に数を増やし、今では生み出した大本である魔族でさえ手に負えないほどの広域に住み着いてしまっている。

 この魔物はどこにでも存在しているが、特にダンジョンと呼ばれる高濃度の魔力によって周囲の環境が変化した場所をよく好んでいる。

 

 こうした魔物を討伐するなどの依頼を斡旋しているのがギルドである。



「おぉ~ミリアちゃん。今日も早いね!」

 

「あ、マスター!おはようございます」

 

 ギルドに入り、早速、クエスト受付のカウンターまで行ったミリアはマスターと呼ばれる人物に声を掛けられていた。

 マスターという割には声が若そうだが、あいにく背負われたままでは顔が見えない。

 ゲームではギルドマスターの立ち絵は一律だったからその辺も確かめたいのだが……。

 

「今日もクエストを受けてくれるのかい?」

 

「はい!今は難易度の高いものを受けられないですが……少しでも鈍らせたくないので!」

 

「さすが、齢14にしてクラス4のコントラクターだね。でも今日は採取系のクエストはないから魔物の討伐クエストになるけど大丈夫?」


 ん?齢14!?嘘だろ?……それにクラス4だって!?

 

「もちろんです。クラス2くらいにちょうどいいクエストはありますか?」

 

 クラス……絶望勇者のゲームの中でギルドが独自に展開しているコントラクターの実力を表すようなもので、社会的にも広く知れ渡っており高位のコントラクターはどこに行っても歓迎される。

 

 1から8までのクラスがあり最高位の1つ下、クラス7のコントラクターでさえ両手の指で数えられるほどしかいないとされている。

 

 クラスを上げるにはギルドへの貢献度、突発的な危険への対処、よりクラスの高い者からの推薦など、さまざまな方法があるが一番大きいのは魔法の実力である。

 

 この世界では才能の有無こそあれど、皆基本的に魔法を使うことができる。

 才能がなくとも、時間をかけて本気で修行を積めば、社会的に初老と呼ばれる年齢になる頃には全員がクラス3程度のコントラクターに匹敵するほどの魔法が使えるようになるだろう。

 

 しかし、14歳でクラス4のコントラクターというのは優秀なんてものじゃない。もはや恐ろしいレベルだ。

 もしかして、魔法学院の生徒だったりしたのだろうか……?

 

 ミリアというキャラクターは間違いなくゲームの絶望勇者には登場していなかったが、魔法学院などのNPCだったというなら、ここまでの話に幾分か納得がいく。

 

 魔法学院の入学は6歳、卒業は18歳だったはずだから、辞めているか休学中ということにはなるだろうが、あり得ない話ではない。


 そんな風に考え込んでいると、いつの間にかギルドから出ていたミリアが張り切った声を上げる。

 

「よーし、ロティス!今日も頑張ろうね!」

 

 そう言って、ミリアはとてつもないスピードで駆け出していった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


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