救世主転生 ~死にたくなかったので、勇者覚醒イベントの攻略不能ボスを倒したら勇者が旅立たなかったんだが!?~

嵐山田

第1話 走馬灯そして……

「これで……終わりだっ」

 

 気合いと全力の魔力を込めた渾身の一撃を放つ。

 

「チッ、この……私が……人間ごときに……敗れるとは……」

 

 灰が舞っていくように体が崩れていくヤツを見て実感が湧いてくる。

 

 人語を介す魔王軍の将軍の一人、魔将ヒルウァ。

 ゲームでは絶対に倒せなかった無敵のイベント用ボス。

 

 そいつを倒したんだ!

 

 俺は救ったぞ……俺の命を、幼馴染の闇堕ち展開を。

 

「う、うわぁぁぁ。ロティス、ロティス!凄い!すごいよ!」

 

 ああ、努力した甲斐があった。

 俺はこの笑顔を守りたかったんだ。

 

「エモニ、顔がすごいことになってるぞ」

 

「だって、だってぇ……みんなもうダメだって!ミリアさんも急に居なくなっちゃうし」

 

「でも、勝っただろ?」

 

「ゔう、うん。がっごよがっだぁぁぁ」


 ぐちゃぐちゃになった酷い顔でそれでも最高の笑顔で飛びついてくるエモニを受け止める。

 こうして、俺はゲームではどうやっても無理だったことをやり遂げた。

 

 ……でも待て。

 これからどうなるんだ……。

 

 本来ならここでエモニが勇者覚醒を果たして、魔族を殲滅し、世界が平和になっていく物語。

 

 だが俺がその勇者覚醒のフラグを叩き折ってしまった。

 だって死にたくなかったから……。

 あいつの顔が曇るのを見たくなかったから。


 結果として魔将ヒルウァを討伐することは出来たものの、この世界に勇者は誕生していない……。

 

 まあ、先のことは明日考えればいいか!

 今はこの勝利の余韻に浸っていたい。

 

 ◇◇◇



 俺は魚谷誠うおや なる。今年で26歳になったしがないサラリーマンだ。

 

 中学生の頃までは、苗字からというあだ名をつけられ、事あるごとにいじられた。実家が地域では有名な精肉店だったこともあって、余計にいじられることもあった。

 

 まあ、これに関しては俺も思う。

 なんだよ「魚谷精肉店」って……。

 鮮魚店やっとけよ親父……。

 

 と、そんなことはさておき……なぜ26歳一般独身成人男性がこんな訳の分からない回想をしているのか。


 それは単にこれが走馬灯だからである。


 いや~なに……毎日毎日、日が変わるまで残業していたのが悪いのか、時間がもったいないからと朝昼の飯を抜いていたのが悪いのか、はたまた別の理由があるのか。

 今更知ったことではないが、来世があるなら自分の体は大切にしたい。

 

 帰ったらいきなり世界が回転しだして、その場に倒れ込んだ。

 なんとかリビングまでは這ってきたものの、今はもう起き上がれないし、指の一本も動かせない。

 

 正直なぜこんなに思考だけがはっきりしているのかさえ分からない。

 死ぬ前はみんなこうなのだろうか?


 まあ、どうせ死ぬなら俺の人生における唯一の自慢を思い出しながら逝こう。

 

 こんなしがない人生を送って来た俺にも、1つだけ絶対に他人には負けないと言い切れる趣味があった。

 それはもう10年以上前に発売されたゲーム「絶望勇者」である。

 

 このゲームは大好きな幼馴染を目の前で魔族に殺された少女エモニが、怒りと復讐心で勇者の力を覚醒し、その心のままに魔王軍の魔族や世界に蔓延る魔物を殲滅していくというゲームである。


 復讐で覚醒する勇者とは本当に勇者なの……?という質問には答えない。

 だってそういうゲームだから。


 世間の評判は20:80と言ったところで、否定派が圧倒的に多い、いわばクソゲーという評価を受けていた。

 しかし、俺はそんなクソゲーを何十、何百周とプレイしてきた。


 大人になると、新しいゲームに手が伸びにくくなるということもあるが、ぶっちゃけた話このゲームの主人公エモニがずっと笑っていられる、幸せになれるルートはないのかと、その一心でプレイを続けていた。


 そんな何百周もプレイする中で、大量のルート分岐を発見したり、進行不能になるバグやらBGMがなくなるバグ、壁抜けやイベントスキップなど様々なバグを見つけた。だが最初の、エモニの幼馴染が魔王軍によって殺されるイベントをスキップするバグや幼馴染が殺されないルートはついぞ見つからなかった。


 エモニが幸せになるルートがあればいいな……。

 そのルートを見つけられなかったことが心残りだ。

 

 俺は走馬灯の最後にそんなことを思いながら意識を手放した。


 ◇◇◇


『ならば、貴様が幸せにして見せよ!』

 

 そんな声で目が覚める。

 

 ……いやいや、目が覚めるってなんだよ。

 あの状態から死んでなかったとでもいうのか……。

 だったらさっきの思考は恥ずかしすぎる。


 いい年した男が、疲れて思い出したことが中学の頃までのあだ名と、やり続けたゲームのことだけで、それを走馬灯と勘違いしていたなんて……。

 まあ、でも起きたなら社畜の考えることは一つ。


「あぅ、ぃおお、ぃおお(さて、仕事、仕事)」

 

 声を出して違和感を覚えた。

 ……喋れない?

 いやいや、そんなわけ……。


「あらあら、ロティス。今朝も早起きだねぇ?お腹空いたのかな?」

 

 ???

 優しい女性の声。

 俺の家に誰かいる?

 というか、ロティスって誰?

 

 それ以上に何がどうなってるんだ?

 俺は死んだのか?それともまだ夢の中とか?


 ここでようやく開きずらかった目が開いた。

 そしてそこには――

 

 見慣れない木目の天井と知らない顔があった。

 

「ぇ、あぇ?(え、だれ?)」

 

「あら~!今日はおしゃべりさんなのね!この子はきっと賢くなるわ。さすが私の子!」

 

 びっくりするくらいの美人さんだ。

 もしかして女神?天国これちゃいましたパターン?

 正直、どストレートでタイプのキャラクターみたいだ。

 現実なら恥をかなぐり捨てて連絡先とか聞きたいところだが……。

 

 でも今、とても気になることを言っていたような……。

 サスガワタシノコ?……わたしのこ……私の子!?


 さっきから衝撃的なことばかり起こっていて現実が受け止めきれないが、この現実を現実せしめている証拠ともいえるものがある。


 起き上がれない……。

 まさか寝返りも打てないとは……。

 さすがにこの状況はもう認めるしかない。


 走馬灯、知らない天井、アニメやゲームの世界から飛び出してきたような美人、話せない口、動かせない体、さすがにここまで揃ってしまっては否定する方が難しい。

 

 どうやら俺は転生したみたいだ……。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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