第30話 晴れているのに②
「それじゃあ行ってきます」と暁は軽快に仕事へ行き、だけど平岡仕様の姿が視界に入らないからって翔真の気持ちは釈然とするわけじゃない。
洗い終わった服を地引き網漁のように洗濯機から引き上げてベランダで干すとき、暁が追加で放り込んだTシャツがたまたまランドリーバスケットの一番上にあった。
手に取ってみたら翔真にちょうどいいか、少し余裕がありそうなくらいの大判でこれも平岡から貰ったものなんだろうと思う。
平岡は背がでかい。
洗濯機の回転によってねじり鉢巻きみたいに平岡の服同士は絡み合っていたけれど、シリコンのカゴの中をかき混ぜて翔真は暁の服を探した。
見つかった。広げてみる。
さっきのに比べると一サイズほど下っぽい。
襟首のタグへ指が動いたとき、突如電子音が響いた。反射で手を引っ込める。
スマホをズボンのポケットに入れていた。
休講で電車に乗らないとなったから通知設定をサイレントモードにしていなくて、確認してみるとインヌタの通知が鳴ったらしい。
『hiraoka.iori_officialがストーリーに投稿しました』
見えた文字を指が勝手にタップしていた。
画面は秒速で切り替わったのだが、ジャンプした先を思わず凝視する。
平岡のSNSを開いたはずなのに、フル画面サイズの写真にはなぜか暁が映っていた。
両手ピースで。
たしかに平岡であるユーザーネームを確認していると、写真はスライドショーのようにぱっと移る。
二枚目は、平岡がスマホを自撮りの角度で構えてのツーショット。
あっと気づいて親指で画面を長押しした。
『宇部くんと服被った!笑』
フリー台紙のフォトアルバムにメッセージを寄せるみたいに、平岡がコメントをつけていた。
指を離すと画面は再び遷移し始め、平岡の投稿に反応した暁のストーリーが表示される。
『まさか同じ日に同じパーカーとは思わなくて笑笑』
『実はこの服、平岡くんがくれたんです! ありがとう!』
暁が書いたそれらコメントに対して平岡は『僕たち仲良しなんです』『めちゃ似合ってるよー!』と返信を連ねていた。
文章の向き──右から左へ視線を横移動させる労力すら働かせず、テキスト全体をざっと見て即刻、アプリごと起動終了させた。
──セット売りかよ
ばさっばさっ、とオーバーに振りさばいて服のシワを伸ばす。
仲良しとかいちいち書くあたり、やっぱり平岡という奴は気に入らない。
刷り込みか。洗脳か。
はたまた、そういうふうにドラマを宣伝しろと偉い誰かに言われたのか。
平岡から受け継がれた服をハンガーにかけるとき、襟から入れたら形崩れの原因になるかなとわずかに躊躇したが、気づいていないことにしてそのまま干した。
暁サイドの翔真からすると、画面上でのやりとりは好ましくないものだったから。
──服被ったとかお前から言うなよ
──ありがとうの強要じゃん
現場でどういうやりとりがあったのかは知らないが、あげた側の平岡が私服に関するエピソードを明かしてしまうと暁は否応なしにリアクションせざるを得なくなるだろうが。
そこまでして親睦アピールをしたいのかと嫌悪感を抱いたところで、
──それともあいつ、もしかして暁の知名度を利用してる?
今まで考えたことなかった可能性がふわっと浮上したとき、またスマホが鳴った。
二度目でも身体は慣れずにびくりとする。
@hiraoka.iori_officialの通知だった。
お前かよと一斬して翔真はスマホをしまいかけたが、さっきの仲良し宣言に暁が何か反応をしたのかも。
どういうふうにと気になって素早くアプリを起動させる。
だけど期待は外れ。
引用に引用を重ねる暁との会話はすでに終わっていて、平岡が投稿したのは別のの動画だった。
音声が流れだす。
端末スピーカーを塞いでいた持ち方を変えたら、音は鮮明に。
『ドラマ「夜明けを君と過ごせたら」』
平岡と暁の声が共鳴するタイトルコールが。
今日の夜更けに放送される第三話の予告が。
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