第28話 鉢合わせ②

「やっぱこれ食っていいですか」


 いいと言われるに決まっているので、平岡の返事を待たずしてシュークリームを鷲掴みした。


「え、あ、はい。あららららららら……」


 切れ込みの端から生クリームがぶしゅりと噴出してくる。

 中に隠れていた真っ黄色なカスタードもだらりと。


 品のない食べ方だが、どんな誤解も解決が早いに越したことはない。

 ここぞとばかりに暁にアピールする。

 自分は甘党だ。


 立ち食いそばならぬ立ち食いシュークリームを一気食いした翔真をよそ目に、


「それじゃあ僕はこのへんで。用は済んだし」


 とお暇の雰囲気を醸し出す平岡だが、まさかシュークリーム配りが目的だったんじゃないだろう。


「ところで、暁にはなんの用事だったんですか?」

「あぁ、服ですよ」

「服?」

「プレゼントです」


 平岡はリビングの床を指した。

 紙製のショップ袋が三つあるのだが、印刷されているロゴが翔真でも知っているような有名海外ブランドで、えっ? と訝しく思う。

 そんな翔真の視線に気づいたのか、平岡は、


「あ、お高そうなのは袋だけですよ? 中身は俺の服なんです」


 と言って、紙袋からバケットハットをつまみ上げてみせた。

 そのままひょいっと暁に被せて──不必要に頭を撫でる。


「着なくなった服あげるって約束したんだよ。ね?」

「あぁ……うん」


 歯切れが悪い暁の返事はこちらを気にしているものと思われた。が、


「へぇ、そうだったんだ」


 あえて暁には無感情で返して、


「おしゃれ、ですもんね」


 あえて平岡には好対応で返した。

 真に受けた平岡は照れたように口元をほころばせる。


「いやいやいや、ありがとうございます」

「この帽子もよく暁に似合ってます」

「ですよね!」


 翔真と平岡から一斉に見られて暁はおどおどした。


「いっぱい服持ってきたたけど、宇部くんが好きなのだけ選べばいいよ」

「……あ、ありがとう」

「俺に気遣わなくていいからね」


 そう言って暁が感じるかもしれない負担を和らげると、平岡は次に翔真を見た。


「もし気に入った服があったら貰ってくださいね、翔真くんも」


 ──も?


 暁との会話から盗んだ名前でしれっと呼んできた、その不快は翔真の眉筋に出る。


「俺ですか」

「はい、どうせもう着ない服なんで」

「そうなんですね」


 誰がお前のお下がりを着るかよと本心は愛想笑いで流したが、まぁまぁ失礼なことを言われなかったか? と、急に嫌な気持ちになる。


 どうせ──もう着ることはない、もう飽きた、もう流行が終わった、あるいは買ってみたがダサかった──服だからくれてやるというふうに聞こえんこともないのは、翔真の解釈がひねくれているのか。


 真相は平岡のみぞ知るが、ところで暁はいつまで帽子を被り続けているつもりだ。

 平岡が持ってきたブランドの袋に詰められているのが実は大量の処分品であるように、平岡の親切には企みや偽善が潜んでいるのかもしれないんだぞ。


 平岡が言葉の伝播の仕方に配慮する人間だとはまぁ思えず、どうせ考えなしに直言したんだとは思うが。


 好き勝手着せ替えられていやがるなよと、やや強引に暁からバケットハットを取った。

 危機感ゼロな男の髪が乱れる。


「じゃあ僕はこれで失礼するね」

「あ……平岡くん服ありがとう!」

「いーえ。宇部くんまた明日ね。翔真くんも、また」


 暁はご丁寧に平岡をエレベーターまで見送ろうとしたが、それは向こうが断った。

 だったらせめて玄関まで、ということで暁は平岡を先導して進んでいく。

 苦手な相手とはいえ、自分だけリビングに居残るのは性格が悪い気がしたので翔真もついて行った。


 靴を履いて外に出た平岡が、室内に留まる自分たちへ手をひらひらとさせる。

 差す光が一瞬のまばゆい筋となって走ったのち、ドアが完全に閉まると、


「翔真、あのさ──」


 そのときが訪れるを待っていたかのように話しかけてくる。


 しかし翔真は暁のそばを通り過ぎて来た廊下を戻っていく。

 すると暁はすんと黙り、今度は瞳で訴えかけてくる。

 待って──そう言いたげなと視線が自分を追いかけてきているのを感じていながらも無視していた。だけど、


「ごめんね」


 謝罪には情の部分でつい反応してしまう。


 聞く姿勢を作ろうか、振り返ろうか。

 立ち止まりながらも、内心では判断に揺らいでいたのだが、


「連絡もしないで家に招いてごめん」


 すうっと心が冷えていく。


「でも安心して、翔真のスペースには平岡くん入ってないから! リビングで話して、シュークリーム食べてただけ」


 感情の温度が下がる。


「それも長いこといたじゃなくて、翔真が帰ってくるほんと少し前に平岡くんはやってきて──」

「別に気にしてないから」


 ぴしゃりと遮った。


 暁の家なんだから、暁が誰を連れてこようと自由。

 そう冷静にわかっている自分もいるのに、幼稚性が自我を抑えきれなかった。


 気にしていない、と不機嫌に言ったところで何の否定にもならないだろう。

 むしろ逆効果なことをしでかしたと気づいて、翔真はすたすたと廊下を抜ける。


 早く暁から離れて、伸びるガムみたいにいつまでも背中に貼り付く視線を引っがしたかった。

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