第22話 交差
濃い緑のレジカゴを乗せて、ショッピングカートを押し歩く。
まずは入口付近の野菜売り場から。
通路の左右を見て回って、ブロッコリー。
暁がソラになるための野菜。新鮮なのはどれだろうと吟味する。
自分たちが共同生活するにあたって、スーパーへの買い出しは翔真が担っている。暁はトイレットペーパーなど大型商品のネット注文担当。
そういう分担になったのは単純に時間帯の問題だ。
暁が仕事場を出て帰宅するころにはもう、近所のスーパーは閉まってしまっているから。
カートのハンドルとともに、買い物する商品を記したメモを翔真は握る。
メモはスマホのアプリにでもいいのだけれど、こういうときは実物として紙を持っているほうがうっかりミスの防止になる気がする。
いられなくなった紙の裏を使ったそれには、暁から頼まれた商品を箇条書きにしていた。レンジ加熱式のパックご飯や、お手軽調理の袋麺……などなど。
男同士の生活はろくなもんじゃない、平穏が破綻する。
あれはいつだったか。
柔道のスポーツ推薦で高校へ入学して三年間を寮にて過ごした友達が、顔をしかめて翔真に力説してきたことがある。
男というのは基本的にだらしがなく、細やかさに欠け、他者への配慮も足りなくて──とその友達は語り、その友達が部員と二人で使っていた部屋の角には、発育のいいえのきみたいなきのこが生えていたらしい。
(ルームメイトもお前も不潔だったんだろと言いたかったが、ぐっと我慢した)
でも結局のところ、暮らしが快適か不快か、きのこが生えるか生えないか、はシンプルに一緒に住む相手次第だと思う。
例えばカゴの中のレンチンご飯やインスタントラーメンは暁がリストアップしたものだけど、それらは暁が個人的に欲しがっているんじゃなくて、家への備蓄用。
つまりは暁が気が利く男。
全く翔真は暁に頭が上がらないし足も向けられないし、ひれ伏すしかない。
冷凍食品売り場は店内中央にあったが、翔真は買い物の最後で訪れた。
店内を回っているうちに中身が溶けてしまうのが嫌だった。
湯煎してかけるだけで丼ぶりが完成する具や冷凍のボロネーゼなどをカゴに入れていると、向かいのアイスコーナーの陳列がふと気になる。
カートを押してぐるりと回り込む。
ずらりと並ぶパッケージを前に少し考えたあと、翔真はバニラのカップアイスを二つ手に取った。
「すみません、アイスだけレシート別で切ってもらえますか?」
会計のとき、レジのおばちゃん定員に声をかけた。
「こちらのハーゲンダッズですか?」
「はい、お願いします」
アイス二個ぶんの詳細が記録されたレシートは、翔真のささやかな労り。
印刷紙とともに、ドライアイスの機械用の銀貨を渡されると、年甲斐もなく胸が高鳴った。
*
家へ帰ると玄関に暁の靴があった。
足跡みたいに脱ぎ捨てられた形跡をえっ? と凝視していると、奥から物音がする。
「いるのか?」
暁の自室をノックすると、コンコンと叩いたドアが内側からふっと引かれる。
「おかえり」
「ただいま。何してんの?」
「ちょっと探し物。でも見つかった」
と持っていた無線イヤホンのケースを揺らしてみせる。
「仕事で移動するときいつも音楽聴いてるんだけど、鞄の中になくてさ。部屋に置き忘れて家出たみたい」
「そっか。見つかってよかったな」
「うん。翔真は?」
暁が翔真の荷物に目線をやった。
「俺は大学の帰りにスーパー寄ってきたところ。前に頼まれてた食品、買ってきたから」
「了解。ありがとう」
重かったでしょ? と荷物が入った鞄を代わりに持ってくれようとするから、いいよと遠ざけた。重くないし、あとは冷蔵庫やパントリーに収納すればいいだけだ。
「ドラマの記者会見って意外と早く終わるんだな」
「そう?」
「もっと帰り遅くなるのかと思ってた」
「残念?」
「え?」
「鬼の居ぬ間に洗濯させてあげられなくてごめんね」
一ミリも思ってないくせに悪びれた表情をしてきて、笑えた。
「んなこと言ってねえよ」
「そっか」
「そうだ、今日ってドラマの一話だろ? 仕事もう終わったなら、俺アイス買ってきたからドラマ観ながら一緒に──」
「あっ……やばっ」
暁がはっとしたようにスマホのロック画面を灯らせる。
「もう行かないと」
「え、どこに?」
「事務所」
耳にした単語を頭で反芻すると眉が寄った。
「もともとは記者会見終わったらそのまま事務所直行だったんだけど、これ取りに一回家寄らせてもらったんだよね」
イヤホンが双方入っているか、ケースの蓋を開けて確認する。
「まだ仕事あるの?」
「いろいろと。夜からは配信」
「配信?」
流し見にも、そんな予告があった覚えはない。
「初回放送記念で平岡くんと一緒にね」
「……そうなんだ」
「みんなにはサプライズってことだから内緒で」
暁は口元に人差し指を立てた。気圧されてうなずく。
「……今日って帰り何時になりそう?」
「うーん、わかんないな。進行次第だから、翔真は先に寝てていいよ」
「は?」
「明日って朝いちから講義ある日だったんじゃない?」
「そうだけど……」
撮影以外の仕事のときはいつもつけているというフレグランスの瑞々しさが残り香となって漂う部屋を見渡し、忘れ物がないことを改めて確かめると、暁はぱちんと電気を消した。ドアを閉める。
「じゃあ俺行くね。玄関ドア、ちゃんと閉まってるか中からも確認しといて」
「あぁ……うん、いってらっしゃい」
暁と交差するとき、翔真はさりげなくショッピングバッグを後ろ手に隠した。
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