第21話 6月12日より放送スタート

『夜明けを君と過ごせたら』は、五月に入ってまもなくクランクインを迎えた。


 撮影が始まってからは連日、暁の帰宅は日付をまたぐ間際、あるいは超えてからと夜遅い。

 理由はいくつかあるが、まずは『夜明け』とタイトルにつくだけあってソラとガイのシーンが夜間帯の撮影が多いこと。


 それから、各種媒体のインタビューなどドラマの関連仕事。

 放送開始時に公開される記事が多いらしく、そうなると取材はそれより以前に行われる必要があってドラマ撮影の間を縫いながら暁はそれらの仕事をこなしている。


 一日数本のペースで取材を受けていると似たような趣旨の質問ばかりされる、と暁は苦笑していた。


『ボーイズラブ作品への意気込みを教えてください』

『原作を読んだ感想は?』

『役の解釈は?』

『主演二人のお互いの第一印象はどのようなものでしたか?』

『放送を心待ちにしている視聴者の方へメッセージを』


 暁や同じく取材を受ける平岡にとっては数度目の質問でも、読む・観る人とっては初見かもしれないから、インタビュアーには誠実さとユーモアを持って答えなければいけない。

 しかし、だからといってサービス精神を発揮しすぎるわけにもいかず、以前の発言と矛盾が起きないよう注意を払う必要もあるというから、なんだか塩梅が難しそうだ。


 他にも事務所が主催するイベントの企画アンケートなど期日が定められた仕事もあり、暁はリビングのセンターテーブルの端に卓上カレンダーを設置している。

 休日が不規則な仕事だから曜日感覚を失ってしまわないように、らしい。


 テレビを観るにもくつろぐにも視界に入る、日曜始まりのそれ。

 写真もイラストもないまっさらな紙。日付は黒のゴシック体。祝日はめでたく赤。文字サイズは大きめ。

 年月日と曜日とが一目で把握できる、機能性重視なデザインがなんとも暁っぽいそれ。


 一緒に住みだしてからというもの、日々のカレンダーチェックは翔真にとっても習慣となった。

 五月がめくれて六月のページが露わになってからは十二日の訪れをまだかまだかと指折り数えていた。

 暁が赤ペンで数字を丸く囲んだその日は、ドラマの初回放送日だったから。


 記念すべき放送当日も暁は忙しく、朝は女性向けファッション誌の企画で平岡とカフェにてロケ。

 ひとコマだけ講義を受ける予定で昼前にアラームをかけていた翔真とはすれ違い、暁がカフェから都内を移動して制作発表記者会見に応じているころ、翔真は必修科目を受講し終えて友人──もとい、一人行動が嫌という共通認識でなんとなくいつも一緒にいる同級生三人組で大学の構内を歩いていた。


「高山はこのあと授業ないんでしょ? お前は?」

「ない」

「俺もー。これからどっか行く?」

「どっかって?」


 どっかはどっかだよと収穫もなく一周した会話に、「何それ(笑)」と適当な相槌を入れておく。楽しんでいる感、を一応装うために。


「ラーメン屋は? すぐそこの」

「バス停んとこ?」

「そそ。油そば有名らしいぜ」

「それ聞いたことある。先輩が言ってた」

「行く?」

「行きーます。高山はどうする?」


 二人が翔真に振り返る。

 油断しきって傍観者に徹していたから、いきなりで驚いた。


「俺は……いいや」

「えっ、ラーメン嫌い?」


 男でラーメン嫌いな奴いるの? という含みが透ける。


「そういうわけじゃないけど」


 煮え切らない語尾が気まずく滞在する。

 あれほど活発に言葉を往来させていた二人なのに、翔真をラストに会話は中断されたままだ。

 濁してうやむやにできなさそうな空気感が居づらく、翔真はとっさに笑った。


「ちょっと、これから買い物する予定で!」

「おーショッピング?」

「あ、いやいや。買い物っていってもそんなたいしたあれじゃなくて、普通にスーパーマーケットなんだけど」

「高山って一人暮らしだったか」

「違うよ、ルームシェア」


 翔真に関する話題なのに、どうしてか左斜め前を歩いていた男子が説明し始めた。


「幼馴染と一緒に住んでんだよ、なっ?」

「あぁ……うん、そうそう」

「いいじゃん、超楽しそう」


 そのあと一旦は全員が無言になるのだが、ただの無言じゃないなと嫌な予感がした。

 稼いだ時間で次の質問が練られているような、自分の生活事情に興味を持たれたような気がして、ドキリとした。

 さっさと話を切り上げたいが、親しくない二人だからちょうどいい話題がない。


「一緒に住んでる幼馴染も大学生?」

「大学生では、ない」

「じゃあ専門?」

「いや……社、会人?」


 へぇーと納得してくれてほっと安堵したのも束の間、


「その子はなんの仕事してるの?」

「……仕事? 仕事は、えっと」


 職業・俳優を平たく言うと──


「サービス業、かな?」


 そうなんだ、が着地点となって翔真と暁の話題はようやく尽きた。

 何ラーメン食う? と二人のトピックは次に移っている。


 もう勝手に会話しておいてくださいという諦観を連れて翔真は二人の後ろをとぼとぼと歩く。

 人との会話が盛り上がるのはその場に三人以上が揃ってからなんていうけれど、それは仲良しメンバーに限る話で、そこまで打ち解けていない三人組の場合、毎度の確率で一人があぶれてしまう。

 翔真のことだ。


 なかなか自己開示をしようとしないからつまらない、と翔真は見限られたわけだが、別に構わなかった。

 どのみち、必修科目の単位を取り終えたらこの二人との縁は切れる気がする。

 現時点で翔真の側がそう思っているわけだから二人もおそらく同じ気持ちで、自然と事はそう運ばれていくんだろう。


 そんなことよりも。


 対処としては仕方なかったし、冷静に考えても正体を明かすわけないけれど、暁の気配を同級生にひた隠しにしたこと。

 関連するワードは変換させて存在を抹消したこと。

 それからその判断を下すとき。焦っていたためか、妙にためらいが生じなかったこと。


 暁への罪悪感は高波のようにあとからあとから何度もやってきて、翔真の胸は絞られるように苦しくなっていた。

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