第18話 ノットイコール・ラブコール
その者の名前を呼んではいけない。
目を合わせてもいけない。
合ったら、おしまい。
背中を見せたら取り憑かれる。
遊ぼうと誘ってしまったらば、さようなら。
奴らは、夜半の夢にまで出てくる勢いで翔真にねだることだろう。
遊ぼう……一緒に遊ぼうよ……遊ぼうって言ったよね。
言ったよね、ね、ねぇ、ねぇ……ねぇ……ねぇ……ねぇ……!
「ねぇ」
「ひっ」
「翔真、大丈夫? 顔青ざめてるよ」
網目の短いカーペットの上で無邪気に動き回るそいつらを警戒していると、暁がこっそり耳打ちをしてきた。
「へ、平気」
「……ほんと?」
「本当うううわっ!」
野太い声を上げて翔真は地面から足裏を引き上げる。
つま先、かかとをぴったり揃え、膝頭を腕全体で抱えて体育座り。できた隙間に顔も埋めて大柄の身をコンパクトに。
──こ、怖すぎる!
「もう! 大きいワンちゃん怖いんだったら先に言ってよ!」
「怖くはない! 苦手なだけだ」
「それ同じね」
「全然違う。怖いは受け付けられないってことだろ? 拒否感はない。見てるぶんには可愛いと思うし……いいいいいいあ!」
一角から響いた翔真の雄たけびに店内はざわめく。
店員から渡されて持っていたおやつめがけて、はぁはぁとだらしなく舌を出したゴールデンレトリバーが突進してきたのだった。
おでこの筋肉をも動かし、翔真はぎゅうっとまぶたを閉じる。
*
事の始まりは、かの日の暁と交わした会話。
──実は、翔真と行きたいところがあってさ
──いいよ、行こう。どこ?
──ドッグカフェ
暁は笑った。
──ソラの役が動物好きで保護犬のボランティアをしてるっていう設定なんだけど、今まであんまり動物と接してきたことなくて
撮影では大型犬と触れ合うシーンがあるのだという。
──ペットモデルの子と会う前に大型のワンちゃんに慣れておきたいなって。それで翔真についてきてほしくて
どうかな? と覗きこまれると困ってしまった。だって翔真は──
*
「まさかだけど、アレルギーってわけじゃないよね?」
「それはない。いや知らん。検査したことないから実際のところ……わっ!」
「……もう出る?」
撮影本番でタッグを組む犬との親和性を心配する必要がどこにあったのか。
本物の保護犬ボランティアさながら、暁はすっかり犬たちに懐かれていた。
薄目を開けると、わんぱくに寄ってきたグレーの毛色のプードルに骨のおもちゃを投げている。
「……出ない」
「ギブだったら言ってよ」
「まだ、まだ大丈夫……うっ」
ぞくりとした。
ゴールデンレトリバーの生暖かな息を顔の間近に感じた。
「なんでワンちゃん駄目なの?」
「ワンちゃんっていうか、大型犬な」
「はいはい。で、なんで?」
「小さいときに近所のでっかい雑種の犬に追っかけられたのがトラウマでえ……!」
再度、翔真はきつく目を閉じた。
白毛と茶毛の混じるセントバーナードにロックオンされた気がしたのだ。その直後、タックルと表現していいほどの重量が上半身にのしかかる。
「その雑種の子って翔真と遊びたかったんじゃないの?」
「いいや、あれは俺が子供だからっておちょくられてたんだ」
「でも、今もめちゃ好かれてるけど?」
「いいいいいい、怖い」
「あ、やっと認めた」
「……怖くない」
その者──大型犬とは体躯の大きな犬のこと。
犬は人の感情に機敏な生き物であり、賢しい彼らにとって翔真の強がりなど脆弱な見栄。
ふいをつかれた翔真はおやつの手に前足を重ねられ、飛びつかれ、舌で舐められてナメられるのだった。
──やややややっぱり怖すぎる!
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