【Ep3】

第17話 台詞合わせ

 宇部暁の初となる主演作品『夜明けを君を過ごせたら』。

 ドラマは全十話構成とあってストーリーは穏やかに進み、第一話では二人の出会いが主として描かれる。


 ────────────────────

 ≪電車が通過する高架下(夜)≫

 しゃがみ込んでいるソラ。ガイを待っている。

 持っていた懐中時計で時刻を確認し、ぎゅっと握りしめる。

 

 ソラMモノローグ『大丈夫、あの人は来てくれる』

 

 そのタイミングで通りかかったガイ、見覚えのある人物(ソラ)に気づいて足を止める。

 確証が持てずに不安気な声色で呟く。


 ガイ『君は……』


 ソラ、疲れた感じでゆっくり顔を上げ、ぱあっと表情を輝かせる。


 ソラ『……遅いよ』

 ガイ『君、こんな雨なのに──』

─────────────────────


「ちょっと止めて」

「あ、はい」


 句読点のところでストップをかけられ、翔真は台本から顔を上げた。


「『遅いよ』のところ、もう一回やっていい?」

「次の俺の台詞が早かったか」

「いや翔真じゃなくて俺が……」


 顎に手を添えて熟考のポーズ。暁は手元の文字に目を落とす。


「もっと怒った感じで『遅いよ』のほうがいいかな。どう思う?」

「そりゃ……雨の中、何時間も待たされてるからな」

「オッケー。今度はそっちのパターンで」


 じゃあお願いしますと、暁の合図で翔真は息を吸う。

 ─────────────────────

 ≪電車が通過する高架下(夜)≫

 通りかかったガイ、見覚えのある人物(ソラ)に気づき足を止める。

 確証が持てずに不安気な声色で呟く。


 ガイ『君は……』


 ソラ、疲れた感じでゆっくり顔を上げ、ぱあっと表情を輝かせる。


 ソラ『……遅いよ』

 ガイ『君、こんな雨なのに……ここで何をしていたの』

 ソラ『待ってた』


 ソラの発言に困った顔をするガイ。


 ガイ『雨が止むのを?』

 ソラ『……(じっとガイの顔を見つめる)』

 ガイ『だったらやめておきな。明日も天気はよくない。君は一晩中雨に降られることに……』

 ソラ『あなたを待ってた』


 言い切ったあと、ソラはすくりと立ち上がる。


 ソラ『傘がなくて、ずぶ濡れになってるあなたを見かけたことがあるから。今日ももしかしたらと思って』


 ガイに傘を差し出すソラ。ガイは目を見開く。


 ≪ガイの家・外観≫

─────────────────────


 と場面は続くが、冊子の編成的にでページがまたがり、翔真は紙の端からめくろうとしたのだが、

 

「よし、今日はここまで」

 

 えっ? と暁を見た。


「まだ会話続いてるけど?」

「ガイの家に行くまでのシーンでしょ、そこを撮るのはまた後日」


 平然と指摘され、「そっか」と翔真は思い出す。

 

 ドラマでも映画でも、語られるのは登場人物たちの人生や日常。その一部。

 だから自分たち視聴者は過去→現在→未来の時間軸を前提とするけれど、その舞台裏において、俳優や制作部は頭脳派なタイムトラベラーだ。


 今しがた読み合せたのはクランクイン初日の夜間に撮影する場面だが、その数時間前の昼間には海辺でのロケが実施されるのだという。

 脚本には『青空をバックにガイとソラは海岸沿いの遊歩道を歩きながら互いの身の上話をする』とト書きがあり──つまり二人は打ち解けた仲。


 そもそも事務所が同じで顔見知りな暁と平岡だというのに、一日の中で親睦度合いを切り替えなければいけないのは傍目にも大変そうだ。


 台本のページ通りに撮るほうが俳優もスタッフも状況の整理がつくのに、と以前に翔真がこぼしたら、タイトな制作スケジュール上そうもいかないのだと暁が教えてくれた。

 初日の撮影場所である高架下と海岸はロケーションが近いらしく、まとめて撮影を敢行してしまおうということらしい。

 そこには予算の都合とか、いろんな事情も絡んでいると思う。


「一日目に撮影するのはその、青い付箋の箇所なんだけど」

 

 翔真が無意識に触れていた、台本からはみ出る付箋の頭部分を見て暁は言う。


「付箋貼ってるページの中でも、翔真には厳選したところを手伝ってほしいなって。それでも一日に撮る量が多いから、負担はかけちゃうんだけど」

「それは大丈夫」


 強調する意味で微笑みも返した。


 暁のドラマのクランクインが一週間後に迫っている。

 撮影から放送までにそれほど間が空かないギリギリなスケジュールだが、それは平岡の参加する映画作品との兼ね合いのためらしい。

 一年かけて作られるライダー作品が終了したあと、平岡には各所からのオファーが絶えないという。今年ブレイクするという暁の予見は正しいのかもしれない。


「俺に申し訳ないとか、暁が思わなくていいんだから」

「……うん」

「ここって立地いいだろ? 家貸してくれてるおかげで通学にもそれほど時間かからないし、まだバイトもしてないし」


 先日同級生男子が誘ってくれたあのアウトドアサークルには顔向けできず、サークルに所属するかどうかも未定で──とまでは馬鹿正直に言わないが、とにかく、


「空いてる時間なら、俺はいつだって練習付き合えるから」

「ありがとう」

「おう」


 やや多弁になったのは、恋愛作品へ挑む幼馴染に戸惑った少し前の過去が後ろめたいせい。

 しかし口走った、というわけではない。


 報われるべき人が自分のそばにいたなら、自然と手を差し伸べたくなるものだと思う。

 どうぞご自由にお取りください、そんなふうに。


「……あのさ」

「うん?」

「早速なんだけど、お願いしてもいい?」


 暁からの頼みというのはあまりないのでわずかに驚く。


「あ、嫌だったら無理には……」

「無理じゃない」


 訂正される前に身を乗り出した。


「そう?」

「うん」

「実は、翔真と行きたいところがあってさ」

「いいよ、行こう。どこ?」


 暁は気恥ずかしそうな笑みを唇に浮かべた。

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