第15話 昔から知る彼だから
この日にしよう、この日に言おう。
次の暁のオフ日。絶対に明かそう。台詞練習に付き合うのは難しいこと。
そう決心を託した水曜日だったのだけれど、今度は翔真の都合でおじゃんになってしまいそうだ。
というのも──
*
「新歓! 顔出してくれない? お願い!」
五限の終了後、教室を去ろうとしたタイミングでぱちんと拝まれてしまったから。
「頼むよ! 高山くんも一緒に行こ!」
懇願してきたのは同級生男子だった。
「新歓って、何の?」
「アウトドア」
「そういうのしたことないんだけど」
「大丈夫大丈夫。アウトドアっていっても本格的なとこじゃなくて、初心者オッケーのゆるーいサークル」
「いや、あんまり(というか一ミリも)興味ないし……」
「今のところは! ね。今日で興味持つかもしれない」
引き下がらない様子に少しイライラしながら、しかし同じ講義を受ける同級生であるために邪険にできないでいたのだが、
「ちなみにただ飯」
「行く」
それを先に言えよと思った。
*
「じゃあかんぱーい」
何度目かわからない音頭が取られる。
何度目かわからない『つまらない』が心の中で漏れる。
駅前の焼き鳥チェーン店で開かれた新歓はフランクな雰囲気で、たいそう盛り上がりを見せる会場の中、翔真はひたすらに居心地の悪さを感じていた。
翔真を連れてきた同級生男子はアウトドアサークルのメンバーと前々からの知り合いだったらしい。
先輩らと楽しげにおしゃべりをしている光景を横目に、無料の文句に釣られた数時間前を後悔した。誘ってきたならせめて、そばにいるくらいはしてほしい。
他の参加者はみな友達と同伴かアウトドア好きな面々で、翔真は誰とも打ち解けられないでいる。
交流や親睦を目的に来たのではないことは見るからにわかるのか、新入部員の大勧誘チャンスだろうに話しかけられることもない。
もういいやと、焼き鳥のタレで汚れた指先をおしぼりで拭った。
数合わせ要員として、この場にいることはいるんだから。事実は残るし、いつかの誰かとの人脈作りのきっかけはできたのかもしれないし。
そう開き直ってスマホをいじっていると、一件のポストがタイムラインのトップに上がってきた。
『情報解禁!』
『すれ違う青年たちの純愛を描いた作品【夜明けを君と過ごせたら】が実写ドラマ化!(祝)』
ドラマの公式アカウントだった。フォローした記憶はないが、暁のスタッフアカウントに関連して出てきたらしい。
『悲しい過去を背負う謎めいた男・ガイ役は平岡伊織(@hiraoka.iori_official)さん』
『ガイを一途に想い続ける男・ソラ役は宇部暁(@ubeaki_staff)さん』
キャストと役柄紹介のポストには併せてコメントも投稿されており、暁のからタップする。
『お話をいただいて原作を読んだとき、先生が描かれる美しい世界観に惹き込まれました。ソラは澄んだ心の持ち主。ガイを見つめる彼と同じ透明度で僕もソラを愛し、皆様に応援していただけますよう精一杯演じさせていただいます』
問答無用でいいねを押した。ついでなので一枚前に戻って平岡のも読んでやる。
『正直、びっくりしました。これまでの人生でボーイズラブ作品を読んだことも、役者として自分が携わる未来を想像したこともなかったからです。原作を渡されたとき、自分の主演作だと思うと心の準備が必要だったのですが、いざ読んでみるとそこに描かれていたのは純粋な二人のラブストーリーでした。本を閉じるころには『夜明けを君と過ごせたら』と二人のファンになっていました。ガイ役に選んでいただけて光栄です。ガイとして過ごせる幸せを噛み締めながら撮影に取り組みたいと思います。放送をお楽しみに!』
ちょっと長いし、自分が携わるうんぬん──のくだりは盛ったっぽいが、まともなことを書けているのでハートをつけてやる。既読感覚で。
ドラマのキービジュアルは原作一巻のカバーをモチーフにしたものだった。暁が平岡を抱きしめている。
人体構造的にもだし、暁と平岡の顔を最大限に魅せないといけないので再現度百パーセントとはいかないのだが、イラストにかなり忠実な写真だった。制作陣の意気込みを感じる。
公式からの発表は瞬く間に拡散していった。元のポストの引用数は更新するたびにぐんぐんと伸び、ネットニュースの記事にもなってさらに拡散されていく。
ふらりと暁のSNSを訪れてみると、ちょうど新着投稿が投下されたところだった。ソラの個人写真と、こんな文章が。
『本日、情報が解禁されました』
『六月スタートのドラマ【夜明けを君と過ごせたら】にて主人公のソラを務めさせていだきます! 僕にとって初めての主演作品。もうすぐ撮影も始まります。続報を楽しみに待っていてください!』
騒がしい飲みのコールをかき分けてその話題が翔真の耳に飛び込んできたのは、タイトルにかけて月と夜の絵文字が文末に添えられた暁の文章を読み終えたときだった。
「見て、新しいドラマだって」
「ドラマ? なんの?」
「深夜枠のやつ」
近くで繰り広げられる会話。タイムリーな内容につられてそちらを見ると、テーブルを挟んで向かい合わせに座る女子二人が一台のスマホをシェアしていた。雰囲気が元からの友達同士っぽくて、一緒に新歓へ来たんだろう。
「あっ、この人。なんとか伊織」
「平岡?」
「そう! 平岡伊織!」
「ドッキリ番組とか出てるよね」
「私が平岡くんのこと知ったの、心霊ドッキリきっかけだもん。仕掛けられるたびに『ひぃえええ!』って叫び声上げてて。顔はイケメンだったんだけど──」
平岡の出演回を観たことないという女の子にもう一人が動画を検索し、局地的な笑いが起きる。
これは引くわー、ちょっとキモい、など辛辣なコメントが二人からはぽんぽんと出てきて、なんだか平岡には同情してしまった。
散々な言われようだったぞ、ドンマイ。でもかっこいいはかっこいいらしいぞ。
「へぇ、平岡くんって主演できるくらい売れてるんだ」
「あともう一人いるらしいけどね」
「主演?」
「うん……えっ、宇部暁じゃん」
名前が出た瞬間、わずかに翔真は緊張した。ちらりと目線を送る。
「宇部暁って子役の?」
「そうそう。父母どこ」
「待って。暁くんって今何歳?」
「調べてみる……え、十八だって。今年で十九歳」
二人は顔を見合わせた。
「いやデカくなりすぎ!」
「時の流れ怖っ」
「うちらそんだけ年取ったってことだよ」
「やめてよ」
そういうリアクションにもなるよなと、翔真はちびちびソフトドリンクを飲みながら無許可で会話に参加した。
思えば『パパとママはどこですか?』が放送されてから今年で十年が経つ。
大ヒット作であるために十年の間でドラマは何度も何度も再放送され、主題歌がテレビ歌唱されるたびに貴重映像として本編は流れる。
あのころの暁で記憶が固定され、止まったままの人がいてもそれはおかしい話ではないのだ。
「てかその新ドラマってどういう?」
「恋愛物」
「ふーん」
「BLらしい」
聞き役の女の子が、えっ、という顔つきをした。
観る? ──向かいに座るほうが目で問いかけ、苦笑いの表情と鼻息とで聞き役が──観ない。
「平岡くんはいいけど、宇部暁がない」
「ねー。暁くんじゃないなら観るけど」
「は?」と一瞬のうちに胸糞が悪くなった。
意見が合致した二人の声は大きくなる。
「大きくなったとはいえ、宇部暁の恋愛作品はちょっとさ……」
「想像つかないよね。父母どこのイメージのままだし」
こんくらいの、と手を掲げて身長を表してみせる。
「わかる。ずっとそのままなのよ」
「なんだろうね……あっ、親戚の子の感覚!」
「それだわ。BLって聞いたら、なんか勝手にこっちが気まずい」
それからあとも身長が俳優として微妙だの、二人はことごとく暁を酷評した。
「なんで二人でBLなんだろう。オーディション?」
「いや、キャスティングっぽい。しかも平岡くんと暁くんって同じ事務所らしいよ」
「あー、そういうことか。事務所のゴリ押しだ」
「……ふざけるなよ」
二人が同時にこちらを見てきた。翔真は荷物をかき寄せて立ち上がる。
新歓に誘ってきた同級生男子が「どうした?」と聞いてきたが、構わずに態度で退席を示す。
何も知らないくせに好き勝手なことを言うなよ。どうせ暁を目の前にしたら何も言えなくなるくせに。
ただちに家へ帰りたくなった。
すごく暁に会いたくなった。
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