第2話 Akipedia(アキペディア)

 宇部暁うべあきら高山翔真たかやましょうまの幼馴染にして、天性のスターだ。

 暗く狭い産道を抜けておぎゃあと産まれ、ミルク・ゲップ・睡眠を繰り返していたら花道へと合流した、というわけ。


 何もこれは盛った話じゃない。翔真に虚言の持病はない。

 生後三ヶ月検診の帰り道に赤ちゃんモデル事務所からスカウトされるなんて、日本のどこを探しても暁以外にいないはず。


 お子さんをスカウトするときはお母さんのお顔を拝見してお声がけさせていただくんですよ──と、へりくだりまくりの誘い言葉でおだてられまくった翌月、暁は『肌ざわりふ〜んわりおむつ すやすやマン』のCMにて華々しい地上波デビューを果たした。全国放映。


 知育玩具や通販カタログのキッズモデルなどを歴任したのち暁は子役事務所に移籍、演技と歌のレッスンを開始する。

 そうして人生初のドラマオーディションに合格し、主人公の幼少期を演じたのと同時期、暁と翔真は幼稚園のうんていにて出会った。


 宇部暁の名前が全国に轟いたのは九歳。小学三年生で出演したミステリー作品『パパとママはどこですか?』だ。

 ヒューマンドラマの名手・河嶋健作が監督を務めるということで放送前から注目を集めていたこの作品。暁は応募総数五百人の中から大役を勝ち取った。

 

 托卵×精子提供×児童誘拐と、社会的なテーマがてんこもりな内容。

 毎話急展開が謳われて視聴者をハラハラドキドキさせるもラストは結局誰も救われないという、よくよく考えればサイコド畜生な脚本ではあったのだが、親を名乗る大人に振り回される難役というのを暁は見事に演じきった。


 視聴率は回を重ねるごとに跳ねていき、最終回には二十一パーセントの好記録。

 当時の日本に『父母ふぼどこ旋風』を巻き起こした。


(ちなみに一クールを通しての瞬間最高視聴率は最終回の終了五分前。遊園地で迷子となり泣き叫ぶ同世代の子供を冷めた目で見つめる暁のシーンだった。あれは痺れた。どんな指導を受けたら九歳の子供が軽蔑の表情を作れるんだよと翔真には疑問だったのだが、そのシーンの台本は白紙で、監督からは自由演技を指示されたという裏話を数年越しに聞き、ちょっとぞっとした)


 時には悪意の餌食となった。


【国民の息子・衝撃の現在!?】

【消えた天才子役[父母どこ]の子は[イマどこ]へ?】


 中学生のころ、マスコミが暁に関するゴシップを書いたのだ。


 中身を精読すれば、暁は芸能界を退いたわけではなく学業専念のため仕事をセーブしていることや、単館系の映画には年一本のペースで出演しており現在も公開作が控えていることを知れるのだが、本文の七割が有料な記事だ。

 真実を伝える気などまるでなかった。


 週刊誌が仕掛けた粘着質な罠。

 ネット市民はまんまと引っかかり『オワコン乙www』などと暁はさんざん叩かれた。


 それでも人の噂は七十ウン日。

 現在の暁は素晴らしい活躍を遂げている。


 高校入学後に約十年所属した子役養成事務所を退社、大手プロダクションに所属すると、暁は本格的に芸能活動を再開させた。


 復帰第一作となったのは学園ドラマ。その初回放送終了後、生徒役だった暁の姿に日本中はざわめかせた。


 翔真は暁の成長を間近で見てきたわけだが、世間にはさぞ衝撃のアハ体験だったろう。父母どこの不憫な少年が麗しの美青年になっていたのだから

 その日のネットトレンドは上位二十位のうち七つを暁関連のワードが席巻。

 そりゃそりゃもう、幼馴染の翔真は鼻高々だった(記念にスクショもしておいた)。


 そんなふうに暁が表立って活躍するようになるにつれ、周囲はこんなことを翔真に言うようになる。


 ──あんなにすごい幼馴染がいたらプレッシャーだよね


 翔真に同情するような口ぶりでいて、暁の裏の顔を暴いてやろうと企んだ奴も中にはいただろう。しかし翔真は騙されなかったし、そのたびに翔真はこう断言してきた。


 宇部暁の存在は自分にとっての誇りだ、と。


 性悪が期待するような裏表が全くないところ、それが打算的でなくあるがままなところ、自然体がプロ意識の塊であるところ。

 尊敬する以外にどんな眼差しで暁を見つめろという。


 これから先、暁の芸能人生はさらなる発展を遂げるだろう。

 大学には進学しないで春からは仕事に専念するそうだから、活躍の場は広がっていくことだろう。


 暁に就くマネージャーは有能な男だ。

 彼の交渉により今春出演を果たしたN〇Kのドラマは高評価をマーク。

 すでにセカンドシーズンの制作も決定しているらしい(出典:ネットニュース)から、これは芋づる式に仕事が決定したといっても過言ではない。


 朝ドラに出演し、主人公の苦境を支えるイケメン枠に名を連ねるのが先だろうか。

 それとも大河ドラマが先だろうか。農民だろうと武将だろうと、暁ならどんな役だってどんと来いだ。


 とにかく、暁が実力・名声ともに若手トップ俳優の座に君臨するのは時間の問題。


 二十代を目前に少年から青年へといざ羽ばたかんとする瞬間を世間が放っておくわけなくて、きっとそのうち主演ドラマのオファーが来る。


 翔真の想像はすでに、放送開始に伴う活動で多忙となる暁の絵までも描きだす。


 ぱっと浮かんだのはゴールデンタイムのクイズ番組。暁がゲスト解答者となったなら、その頭脳明晰ぶりと天真爛漫さのギャップを惜しみなく披露するだろう。

 そして、それまでは暁のファンのみが知っていた魅了が電波を通じてお茶の間に解き放たれていく。


 番宣ための俳優陣の一人としてだけじゃ需要と供給が間に合わないので、密着インタビュー系の番組からも出演依頼が舞い込んでくる。


 暁個人にフォーカスするなら年齢イコールの芸歴を紹介する場面が必ず出てくるだろうからその際は、ぜひ翔真にも写真提供を担当させてほしい。

 高山家は総じて暁のファンであるため素材は豊富だ。たしか物置部屋に暁の写真をまとめたアルバムがあったはず。いざというときのために今度確認しておかないと。


 そうして子役時代を振り返るくだりが終わると、事前に収録したロケ映像が流れ出す。 率直な現在の気持ちやこれからの抱負を赤裸々に語る、そんな自分の姿を暁はワイプで見ていて、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。


 スタジオトークを経てMCがいい感じに話を締めたのち、画面は暁の姿だけを大きく映すだろう。

 エンディング映像として暁は両手を広げ、柔らかな風をその全身で受け止める。

『ここが僕のアナザーロード、◯✕です』と微笑んで──


「おーい、聞いてる?」


 ゆさゆさ揺すられて意識を戻すと、心配顔の暁が翔真を覗き込んでいた。


「え、あ、ごめん」

「そろそろ帰ろう」


 暁はスクールバッグをひょいと肩に提げた。


 なんたるきらめき。

 学校指定の鞄に制服。まとう物は共通しているのに、翔真ら一般生徒とは違う輝き。


 教室のドアをスライドさせる何気ない仕草も、暁がすると演技のワンシーンみたいだ。


 あと六年はいける。暁は童顔。

 まだまだ学園ドラマの常連だろうなと翔真は確信するのだった。

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