第7話 三つの作戦 ④ アリサの戦い、サクラの戦い

「……今の」

「アザーズッ!?」


 サクラが、アリサが顔色を変えてその場に立ち上がった。アリサがサングラスを外してテーブルに置いた瞬間、アリサの服が魔法少女の服に取って代わる。


「ナオ、アンタかサクラちゃんのスマホで配信して! アリサはヘッドセットにするから、早く!」

「お、おう」


 言いながらアリサは自分の鞄からワイヤレスのヘッドセットを取り出して装着する。サクラが俺にスマホを渡してきた。アリサがサクラの手をとって、二人してアザーズの咆哮がした方へと走り始める。俺も慌ててジャケットを持ち、サクラのスマホと二人が置きっぱなしの鞄を持ち、かき氷のキッチンカーの方にぺこぺこ頭を下げつつも二人を追いかけた。


「こっちみたい!」


 アリサが走る先、大通りとぶつかる大きな交差点の真ん中に、全長三メートルほどの人型アザーズが暴れ回っていた。人型というか……嫌いな虫トップスリーにかなりの確率でランクインする、足がたくさんあってペロンと薄いあの虫、あいつの足の前の方を人間っぽい奴と交換して、体を半分起こしたらこんな感じになるだろうなっていう……うへえ、ムカデなら何とも思わんが、こうもバカでかいとなんか食われそうで嫌だな……こいつら人間でも何でも溶かして食うしな……。


「渡辺さん、見つけた! 有楽町駅のすぐそばの……そう! アリサが抑えておくから! 急いでね、人いっぱいいる!」


 アリサがヘッドセットのマイクに怒鳴りながら俺を睨み、スマホをびしばしと指差してくる。早く配信始めろってことか?


「はいこんにちはみなさん、ブシドー・サクラのチャンネルです! またしても緊急放送、街中でアザーズに出くわしました、サクラと一緒にアリサちゃんもいます、何という偶然!」


 俺がスマホを構えて実況を始めると、アリサはうんうん頷きながらムカデアザーズの方に向き直った。交差点なので車がたくさん立ち往生していて、アザーズが暴れて尻尾を振り回す度にあちこちの車が吹っ飛ばされてその先の車にぶつかりもの凄い音だ。逃げる人の悲鳴、怒鳴り声、アザーズの咆哮、まさしく阿鼻叫喚の交差点だ。


「世界をカワイイで守っちゃう! みんなにとびっきりのスマイルを、アリサ・ピュアハートです! アリサ・ピュアハート・ユニバースからはアリサ目線でお送りしてま〜す!」


 アリサはムカデ阿鼻叫喚を背景に、いつものキメキメ笑顔でフレームインする。


「サクラちゃんとかき氷食べてたら、アザーズが急に現れたの! アリサとサクラちゃんのピュアハピタイムを邪魔するなんて許せな〜い! ……あっサクラちゃんちょっと待って!」


 慌てたアリサの視線の先では、魔法少女服でない、Tシャツにタイトジーンズのままのサクラがきりりとムカデアザーズを睨み据え、今にも飛び出して行こうとしたところだった。


「サクラちゃん、すぐにでも倒したいけどみんなが避難しないと危ないの!」

「でも」

「一緒にシールドしてみんなを守ろう、力を貸して! ピュアシールド!」


 おお……アリサはサクラが反論するのを封じつつ、レグルス戦で見たシールドをあたりに展開した。薄いシャボン玉のような膜が一帯に広がり、ムカデアザーズを中心にじわじわと狭まっていく。


「みんなっ、アリサが来たからもう大丈夫! 警察の人も来るから、落ち着いてシールドの外に避難して!」


 アリサが叫んだ瞬間──あたりの空気がざわりと動いた。


「アリサちゃんだ!」

「良かった、アリサちゃんが来てくれた!」

「死ぬかと思った〜!」

「アリサちゃん頑張って!」


 両手をアザーズに向けてかざしているアリサは、視線と笑顔だけでそれに応える。アリサの手に自分の手を重ねるようにしているサクラは、初めて虹を見た子供のような顔で辺りを見回している──よし、うまいこと二人の様子を撮れてるぞ。ああして手をかざすだけで相手の魔法を強化することが出来るってことなのか?


「みんなが避難し終わるまで、アリサとサクラちゃんでこうしてるからね! 状況が気になる人はアリサとサクラちゃんのチャンネルから応援してね!」


 アリサはシールドにかざした手はそのままに、俺が構えてスマホに向かって笑いかけて見せる。ムカデアザーズがシールドに気付き、シールド膜に向かって人のようで人でないキモい節足の腕で突きまくる。シールド表面が激しく波打ち、突かれたところがぐぐっと伸びて破れそうになる。あたりから悲鳴が上がり、シールド内でまだ逃げられていない人は腰を抜かして這うように逃げている。


「大丈夫っ……だからねっ……!」


 アリサがかざす手に血管が浮き出るが、それでも顔は笑顔のままだ。


「アリサと……サクラちゃんが……守るからっ……!!!」


 アリサ……お前、配信を見てるだけの頃はあざとい系のアイドルと同じだろうって思ってた。横須賀で会った時はランキングのことばっかり気にする自己顕示欲がガッチガチに強い奴だと思ったさ。だけど今のお前は、アザーズを牽制してみんなを避難させて……突っ込んでいこうとしたサクラすら抑えて、自衛隊と防衛軍が来るまで耐えて。アリサがいるって分かった瞬間に歓声が上がって空気が少し弛んだ、アリサがいれば大丈夫だってみんなが思ってるんだ……。


「アリサちゃん」


 サクラは手をかざしながらアリサの横顔をじっと見た。


「周りの被害なんて、全然考えてなかった。ごめんなさい」

「ううん、大丈夫っ、緊急出動要請スクランブルで呼び出される前に遭遇するなんて滅多にないし! あと少し、自衛隊が来るまでアリサと一緒に頑張ろ?」


 笑顔の、だが汗だくのアリサを見て、サクラは笑いながら首を振った。


「サクラがシールドの中に入ってもいい?」

「えっ」

「大丈夫だよ、アリサちゃん。──サクラが倒す」


 サクラはアリサの返事を待たずに、かざしていた手を引っ込めた。アリサの身体ががくりと揺れる。アリサはギョッとしてサクラを見上げるが、サクラはもうアリサを見ていない──真っ直ぐに、ムカデアザーズを睨み据えていた。


「さ、サクラちゃん!?」


 サクラは無造作にムカデアザーズに近付いていく。シールドはサクラが触れても壊れることはなくゆらりと揺れただけだ。ムカデアザーズはサクラに気が付いて、結構なスピードでサクラの方に突進してきた、たくさんある足がさかさか動いてキモい!


 サクラは左腰に手を当てて、虚空からゆっくりと刀を引き抜いていく。淡く光る刀身が現れ、サクラは垂直に構える──


「参る!」


 ズドンッ!!!


 サクラがいたあたりに土煙が上がってサクラの姿が消えた! カキン、キィン、と硬質な音がしてムカデアザーズが吹っ飛ぶ、その巨体が地面に着く前に空中で三つにばらける、どさどさどさ、と地面に落ちる。


「……な……」

「えっ……?」


 早くて何が起こったのか分からない。地面に落ちたムカデアザーズだったものが、ざあ、と塵になって崩れ落ちた。


「たっ、倒したの……!?」


 アリサが呆然としてその場にへたり込む。シールドが解けて霧のように空気に混じって消えていく。サクラはコバルトブルーの塵の山の少し離れたところに悠然と立っていて、ゆっくりと刀を鞘に納める動作をしていた。刀の切っ先が左手のあたりから消えていくが、最後にきん、と鍔鳴りの音が確かにした。


 わあっ、と、周囲から歓声が上がる。


「すげー! ブシドー・サクラ!」

「マッスルやばい!」

「サクラちゃーん!」

「サ・ク・ラ!」

「サ・ク・ラ!」


 サクラは歓声には全然反応せず、ふうとため息をつくとこちらに向かって歩いてきた。へたり込んで両手で口許を隠しているアリサのところまでやって来ると、その目の前に跪いた。


「アザーズ、サクラが倒したよ」


 にこりと微笑んで、サクラは手を差し出す。いい具合に風が吹いて、サクラのTシャツとポニーテールを微かにたなびかせる。


「シールドありがとう、アリサちゃん」


 へたり込んだままのアリサは、湯気が出るんじゃないかってくらい顔が真っ赤になって──


「……むっ……無理ぃ……っ!」


 言うが早いかその場に立ち上がり、脱兎の如き勢いでビル街のどこかに向かって走って行ってしまった。おまっ……アリサ、さっきかき氷の時あんだけべたべたしてたくせに、そこで逃げるかお前!?


「……アリサちゃん、怒った?」


 サクラは悲しげな声で首を傾げる。


「サクラが勝手なことしたから……」

「怒ってはないと思うがね……」


 通知がすごいことになってるスマホでサクラを撮影しながら、俺はそういうのが精一杯だった。




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