第7話 三つの作戦 ③ アリサとサクラとかき氷デート(+ナオ)
サクラは頑として首を縦に降らなかったし、エリカは話を長引かせなかった。その代わりに控えめ上目遣いで「ルークくん、サクラちゃんが見に来てくれるってとても張り切っていたのよ。ステージを見たらプロデュースが決まるってわけでもないから、一度だけでいいの、見に行ってあげてくれないかしら? 心配なら私が言っておくわ」としおらしく言い、サクラも「見るだけなら」と了承した。俺としてはもともとのエリカの作戦に嵌められたんじゃと思わなくもなかったが、俺の方を見るエリカの笑顔の圧がすごいので黙っておいた。
「ちょうどいいわ、ナオ、あなた二人と一緒にかき氷付き合ってあげて。私も行きたいけど、ナオが見ててくれるならいくつかタスク片付けちゃうわ。ルークくんのショーから合流するから」
「俺は引率の先生かよ、こいつらそんなガキでもねえだろ」
「ダメよ、危ないからついててあげて」
俺が露骨に嫌そうな顔をしても、エリカは涼しげに微笑んでいるだけだ。
「ね、お願い、ナオ。三人分、真美堂で領収書切っていいから」
「恩着せがましいことすんな、オッサンが魔法少女二人にかき氷くらい食わせてやらあ」
そう? と首を傾げたエリカに見送られ、はしゃぐアリサがサクラの手を引いてたどり着いた人気のかき氷屋は一昔前のテーマパークかってほどの大行列だった。宇治抹茶とあまおう苺をふんだんに使った特製ミルクかき氷、一皿三千円。……俺はものすごく悩んだが、結局血涙を流しつつ自分の財布から一万円札を出した。かき氷に一万円……エリカ、俺が間違ってた……が、見栄切った手前、俺は意地を貫くぞ……。
かき氷屋はキッチンカーによる季節限定の出店らしい。出店場所のすぐ横のオープンテラスに席を確保すれば座って食べられる。金だけサクラ達に預けて、俺はひと足先に席の確保だ。暑すぎて脱いでいたスーツのジャケットをテーブルに置いて金属製の椅子に座る。屋外空冷システムが効いてるようで、歩いていた時よりほんの少しだけ涼しい。
あたりはオフィスビルと商業ビルが混在していて、真夏の昼間、みんな暑そうに歩いている。テラス席にはパラソルもついているが、大抵の日差しは斜めなので座席はほぼ直射日光に晒されている。空冷システムがなきゃ地獄だな。暑くてスマホをいじる気にもなれず、ぼんやりとキッチンカーの方を眺める。サクラとアリサは並んでるだけでメチャクチャ目立つ、何せサクラのあの体格だ、他の人に比べて完全に頭が上に飛び出している。隣にいるアリサも、レトロな雰囲気のワンピースにサングラスなんかしてるが、親も芸能人なだけあって、その場にいるだけで華がある。つまり二人揃うと、もう真夏の太陽かなってくらいに目立つ。
「アリサちゃんだ!」
「アリサ・ピュアハート!」
あっという間に並んでいる人や通行人にアリサが気づかれて、
「隣にいるのってブシドー・サクラじゃない?」
「本物筋肉やばっ!!!」
瞬く間にサクラも気づかれて、
「アリサちゃんサクラちゃんとデート?」
「その服かわいー!」
「サクラちゃん筋肉触らせて〜」
「アリサちゃんこれ見て、stay Kのワンピ!」
「写真撮っていいですかあ〜?」
かき氷屋に申し訳ないくらいの人だかりになったので、俺は座ったばかりの席を飛び出すハメになった。人だかりをかき分けて二人を席に連れて行き、かき氷の列に並び直し、お盆をもらって三つ持って席に戻る頃には、アリサは自分でテキパキとファンの子たちを並ばせ、写真を撮り、ノートやら何やらにサインしてやっていた。
「あっかき氷来ちゃった! ごめんね、サクラちゃんと食べるから今日はここまで〜!」
「アリサちゃんありがとう〜!」
「宝物にします!」
「妹に自慢するっス!」
目をキラキラさせてサインしてもらったものを大切そうに持つのは、俺みたいなスーツの男、涼しげなオフィスカジュアルの女の人、オッサンに老婦人に学生に──老若男女、世代を超えたファンがいるのが分かる。アリサはニコニコ笑いながら手を振り、ファン達は名残惜しげに何度も振り返りながらめいめいの方角へ散っていった。
「ナオありがと〜、サクラちゃん食べよ!」
「うん。ナオありがとう、いただきます」
アリサの様子をしげしげと眺めていたサクラは、目の前に置かれた超高級かき氷俺様支払いにしっかりと手を合わせてからスプーンを取った。既にスプーンを手に取っていたアリサははっと息を呑み、サクラと同じように手を合わせる。
「いただきまーす」
ふふん、サクラは行儀がいいんだぞ、少しは見習え。……内心日頃の自分を顧みつつ、俺も手を合わせてからスプーンを手に取った。ミルク氷抹茶いちご、見た目は普通のかき氷より少し大きいくらいだが、確かにうまい。甘味と苦味と酸味がうまく絡んでするりと溶ける。
「ん〜甘酸っぱい〜美味しい〜!!!」
食レポかってくらい大袈裟なリアクションのアリサと、ひとくちひとくちをしっかりと味わいつつも無言のサクラ。俺はさっきの人だかりを思い出し、エリカが危ないと言ってたことを思い出す。……そうだよな、世界ランク一位の魔法少女なんだ、そこらの芸能人より認知されてるはずだ。
「サクラちゃんのファンミ楽しみだね! ファンの人きっとたくさん来るよ〜?」
「そうですか?」
「もう、サクラちゃんってば! 敬語やめてよね、同じ魔法少女なんだから!」
「でもアリサさんは高校生です」
「いいの、アリサはサクラちゃんと友達になりたいの! アリサかアリサちゃんって呼んでくれると嬉しい〜」
「じゃあ……アリサちゃん」
「ふふふ、サ・ク・ラ・ちゃんっ」
……俺のパッとしない人生経験に照らし合わせれば、天下のアリサ・ピュアハートがサクラにベッタリで瞳も潤ませてるのは、どう考えてもアリサがサクラに惚れてるようにしか見えないんだが……。こいつは会議の時は妙にサクラに突っかかってくる癖に、この変わり身は何なんだ……。いろいろとツッコみたいし、オッサンとしてはからかいたくもなってくる。が、こんだけハートマーク飛ばしてるアリサに合間合間にものすごい目線で睨まれると、俺のいたいけなピュアハートもヒュッと縮み上がるってもんだ。
「サクラちゃん、さっきファンミやっぱりやりたくないって言ってたけど、ファンの人に会いたいとも思わないカンジ?」
あー三千円もするかき氷はうまいなあ。
「会ってみたいなと思わないわけじゃないです」
「敬語禁止〜ぃ! アリサが傷ついたのでアリサとサクラちゃんで写真を撮りまーす」
「え」
「ナオこれで撮って、可愛くね」
「うおっ」
アリサがスマホをひょいと投げてよこしたので俺はスプーンに乗ったイチゴを慌てて食べる。スマホを構えると、アリサがきらっきらの笑顔でサクラの腕にぴたりと貼りついた。
「ほい、エンチャントぉ」
「ダサッ!」
「うるせー」
……アリサはキメ顔、サクラはハト豆鉄砲顔の写真が撮れた。俺がスマホを返すとアリサは早速画像を確認し、その顔が一瞬だけふにゃりと蕩ける。
「……写真ありがとう〜。でも敬語はやめてよね」
「分かった」
俺は本当に、何を見せられているんだ? アリサの顔は一瞬で元に戻り、サクラに撮ったばかりの写真を見せた。スマホを覗き込むサクラの顔は無邪気で、年相応の女の子だな思わされる。
「こういう風に一緒に写真撮れると嬉しいよね〜! サクラちゃんのファンも、写真撮ったりできたら喜んでくれると思うよ!」
「そう?」
「そうだよ〜! サクラちゃんは、会ってみたいな〜ってファンの人いない? 昔からよくコメントくれるな〜って人とか!」
「昔からコメントくれる人はいる」
「ほら〜! その人と直接会って、お礼を言えるのがファンミーティングなんだよ!」
アリサはニコニコしながらサクラにぺたぺたボディタッチする。サクラはけろりとした顔でかき氷を食べている。
「それでね、そんなファンがたくさん来てくれたら、全体を仕切る人がいるでしょ? イベントの順番とかみんなの座るところとか考えないと、参加する人が困っちゃうでしょ? そういうのが上手くいくように考えてくれるのが、プロデューサーさんなんだよ!」
どうやらアリサはサクラにファンミーティングとプロデュースの必要性について説いてくれているようだ。いいぞその勢いだアリサ、お前さてはエリカの手先だな?
「アリサもサクラちゃんのファンミ参加したいし! ルークさんいい人だし、アリサと一緒にお話聞いてみない?」
「……うーん」
我らがブシドー・サクラは、首を傾げながらかき氷を食べる。
「いいことなんだろうとは思うけど……」
「そんなに嫌?」
「うん」
サクラは頷く。
「今までサクラは、戦う以外は何もしてない。ナオがいろいろやって来たのに、いきなり他の人がプロデュースになるのは……嫌かな」
「えっ」
アリサがスプーンを取り落として、かき氷にさくりと刺さる。
「それって、コイツがプロデュース外れるのが嫌だからファンミも嫌ってこと!?」
「うん」
慌てるアリサの横で、サクラは俺の方を見てにこりと笑う。
「ナオは頑張ってるよ」
「……おう、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、サクラ」
「うん。チャッピーちゃん可愛いし」
「……へえー」
俺たちの会話を聞いて、薄っぺらい笑顔を浮かべたアリサがわなわなと震える──
ドォン!!!
オープンテラスからほど近いあたりから、何かの爆発音と──
グオオォォオオオオオッ!!!
アザーズ特有の、耳を貫くような咆哮があたりの空気や壁を揺るがした!!!
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