第7話 三つの作戦 ② サクラ、辞退す
真美堂コーポレートブランディング本部、エンターテイメントマーケティング部シニアプロデューサー、香坂エリカ。社内でも指折りの優秀な人材だろうエリカのファンミーティング企画プレゼンは、そりゃあもうキレッキレのすんばらしい仕上がりの提案だった。エリカは折々に「ファンに感謝を伝える」「対面でしか伝わらない想いがある」「華美な演出よりもファンとの対話やふれあいを」と説きつつサクラの顔色を伺う。よくよくサクラの嗜好を事前調査してプレゼンに挑んでますなあ! 呆れも一周回れば感心に変わり、サクラも多少は興味を持ったようだった。
「今日はあくまで、こんなこと出来たらいいなあって言うご提案だから。一度持ち帰って、ゆっくり考えてくれると嬉しいわ」
極めつけとばかりに最後の最後で一歩引いて、興味はありつつ戸惑う様子のサクラへの気遣いまで見せる。
「いいお返事がいただけるつもりで、出来る範囲で準備はしていてもいいかしら?」
「……はい、ありがとうございます。考えてみます」
サクラが深々と頭を下げ、エリカとアリサが決定したとばかりにはしゃぐ。バトルシェイク社の鈴木さんも満更でもなさそうな顔で、終始話を聞いているだけだった防衛省の青山さんもどことなく嬉しそうな顔だ。
「ねえ、サクラちゃん、この後時間ある!?」
鈴木さんと青山さんが帰り支度をしている横で、目をキラキラさせたアリサがぱたぱたとサクラのところまで駆けてきて、その手をがっしと両手で掴んだ。
「すっごい美味しいかき氷屋さんがあるの、一緒にいかない!?」
「かき氷?」
「そうなの、ミルク氷がふわっふわでね、抹茶いちごがやばいくらい美味しいんだよ! アリサがご馳走するから一緒にいこ! ね、ね、お願い!」
「アリサ。まだミーティング中よ。ゲストがお帰りになるまでお行儀よくなさい」
「はぁい、ごめんなさぁい。ねっ、サクラちゃん、絶対行こっ!」
エリカも立ち上がって会議室の入り口ドアに向かう、ちょうど俺たちとアリサの横を通りざま、アリサの頭をこつんと叩いていく。アリサは悪びれもせずに笑うとサクラの手を離し、ドア前に立つエリカの横に並んだ。
「では、本日はご足労いただきありがとうございました。お帰りどうぞお気をつけて」
「ありがとうございました、香坂さん。またオンラインで進めましょう」
「ええ、是非」
鈴木さんがぺこぺこ頭を下げながら退室し、
「方針が決まったらシェアお願いいたします。不二本さん、これからが楽しみですね!」
「いいご報告が出来るよう尽力しますわ」
青山さんも上機嫌な様子でサクラに声をかけてから退室し、真美堂のエリカの部下もぞろぞろとその後をついていき、
「おう、じゃ、ご苦労さん」
俺もその流れで退室しようとしたが、
「ちょっとどこ行くのよナオたん」
エリカが俺のスーツの首根っこをがっしと掴んでずいと室内に引き戻した。
「アンタの話はまだ終わってないわよ」
「だったら最初にそう言えよ!」
「聞いたわよおナオたん、アマツキ適性評価で、視覚的魅力がまさかの十点満点だったんですってえ?」
エリカは引き寄せた俺の顔を至近距離でじっと覗き込み、にーっこりと笑ってみせる。
「おま、それ、部外秘って言ってたじゃねえかよいいのかよ!?」
「エリカさんはちゃんと承諾書出してるからいいんだもーん」
鈴木さんと青山さんにニコニコと手を振っていたアリサが、打って変わって不機嫌な顔になりながら会議室の扉をぱたんと閉めた。エリカも頷きながら続ける。
「ほんと、ナオたん素材はいいけど、ステージ衣装はクソダサいし、変なTシャツ着るし。そんなナオたんが、どこの誰が協賛した衣装で素晴らしい点を取れたのかしらねえ?」
エリカの顔がずずいと更に俺に迫る。アリサがうんうんと頷いている。
「……真美堂様のおかげだってんだろ、それがどうしたってんだ!」
「あん、もう」
俺がエリカの手を払うと、エリカは妙な声を出しながら手を引っ込めた。
「そうよ、うちとしてはこんなに誇らしいことはないわ。これからも是非とも真美堂の衣装を着てね、ナオたん」
「へーへーさいですか、こっちは金いただいちまってるからな、言われた通りやりますよってんだ」
俺は肩をすくめて見せながら、サクラの隣の席に座り直した。エリカは俺の隣に、アリサはサクラの隣にそれぞれ座る。
「それなんだけど……」
エリカは俺達三人を順番に見ると、机の上で両手を組んで面差しを正した。
「貴方とサクラちゃん、正式にうちとプロモーション契約しない?」
「ハァ?」
俺は思いっきり顔をしかめる。
「何寝ぼけたこと言ってんだ。さっきサクラが魔法少女服断ったばっかりだぜ? ファンミーティングして、バトルシェイクとコラボして、それで万々歳じゃなかったのかよ」
「そうなんだけどね」
エリカは全く動じず、ニコニコ笑っている。……こういう時のこいつは手強いんだ、昔は何度言いくるめられたことか。
「アマツキを狙うために評定点を上げるんでしょう? それはもう動画のプロモートをするのと同じじゃない?」
「……昨日の今日でよくよく把握されてやがるな、エリカさんよ」
「ふふ、ありがと。ナオのサクラちゃんプロデュースが悪いとは言わないけど、個人でやるには限界があるわよ。アシスタントの貴方が衣装を変えるだけでも一定の効果があるんだもの、うちが本腰を入れれば、絶対にサクラちゃんのチャンネルの数字は爆発するわ」
「今までどんな仕事してきたのか知らねえが、お前はアリサみたいな可愛いタイプの子の面倒見てきたんだろ。そんなお前にサクラの良さが引き出せますかねえ」
「何よ、ナオだってサクラちゃんに馬鹿正直に可愛い服着せようとして断られ続けてるんでしょ、いっつも発想が杓子定規なんだから。アンタみたいな王道大好きテンプレ人間と一緒にしないで頂戴」
「ア゛!? やんのかこのアマ、クソエリカ!」
「それにねえ」
ブチ切れかけた俺を意に介さず、エリカはにやにやと笑った。
「いるのよねえ、サクラちゃんをトータルプロデュースさせて欲しいって人」
「ハァ!? それならその人連れてくるのが筋だろうが!」
「それがねえ、うちの社員じゃないのよねえ。ナオも知ってる人よ」
今日はシャンパン色のネイルをしたエリカの指先が、自分のスマホの画面を何度かタップする。何かを表示させると、スマホを俺とサクラの方にずいと差し出して見せた。
「ちょうど今日、その人の公演があるの。一緒に行かない?」
「は……?」
スマホに表示された画面を見て、文句を垂れようとしていた俺の言葉が消えてしまう。紫色を貴重にした幻想的なヘッダー画像と何かのチケットだ。ヘッダーの中央で、少し愁いを帯びた表情で赤いバラの花にキスしているキザッたらしいイケメンは、見ただけでうんざりするくらい見覚えがあった。
ルーク流星プレミアムマジックショー「NEO PaladoX」。
関係者プレミアムリザーブ席、四名連番。
「……ルーク流星って……あのルークか?」
「そのルークよぉ。他にどのルークがいるのよ」
呆然と呟いた俺に、エリカはクスクスと笑いながらスマホを引っ込める。
「ナオ、知ってる人?」
悪気なく尋ねてきたサクラの声に、俺は思わずぎくりと硬直してしまった。ため息をついて気を落ち着けるが、サクラの方に視線を送ることは出来ない。
「超大人気の手品師で……俺とエリカの同期だよ」
「ナオの同期……」
ぽつりと呟いたサクラに、そうなの、とエリカが便乗した。
「私達ね、大学のマジックサークルで知り合ったのよ。聞いてない?」
「聞いてないです」
「あら、そう、水臭いわねナオったら」
「えっ、じゃあナオもルークさんと知り合いってこと?」
身を乗り出して尋ねてきたアリサに、エリカはクスクス笑いながら頷く。
「そうよ、同期だもの」
「えーっ、エリカさん、じゃあ当時はルークさんとナオが並んでたのにナオを選んだってことお!?」
「そうよぉ」
「ええ~っ、何でえ~!? 絶対この二択ならルークさんじゃない!?」
アリサは頭を抱えたが、エリカはその質問には答えない。ギャーギャー言う小娘はさらりと無視して、隣のサクラを見てにこりと微笑んで見せる。
「ルークくんがね、サクラちゃんのトータルプロデュース、是非にもやらせてほしいって言っているの。自分のことをサクラちゃんに知ってもらいたいから、一度ステージに連れてきてくれって頼まれてたのよ。サクラちゃんはルーク流星のこと知ってた?」
「すみません、今知りました」
「ふふ、そうよねえ、大丈夫よ。どうかしら、今日この後。少し時間があるから、アリサの言ってたかき氷でも食べた後、ちょっとだけでも見に行ってみない? ナオの分のチケットもあるわよ」
「へーへーさいですか、俺は行かねえぞルークのステージなんか」
「んもう、分からず屋。サクラちゃんはどう? 私とアリサも隣の席だから、ナオがいかなくても一人ってわけじゃないわよ?」
「サクラちゃん、一緒に行こ?」
エリカとアリサ、両脇から目をキラキラされて二人してサクラの方を見る。サクラはしばらく首を傾げていたが、俺の方をちらりと見て、それからゆっくりと首を振った。
「……サクラは行きません。プロデュースも断ってください」
「えーっ!?」
アリサが大袈裟だろって程にのけぞるが、サクラは動じない。。
「……どうしてか、理由を聞いてもいい?」
「はい」
頷いたサクラは、ちらりと俺の方を見る。
「華美な装飾はいりません。演出は、ナオがいます。ファンミーティングくらいなら、と思ったけど、それも華やかになっちゃうなら、辞退します」
「えっ」
名前を呼ばれると思ってなかった俺はギョッとして声が出てしまう。
「……辞退ねえ。そんなに華やかなものが嫌い? アマツキを目指すんでしょう?」
「いいえ、サクラにアマツキは必要ないです。アリサちゃんが使ってください」
眉をひそめながら尋ねたエリカに、サクラはきっぱりと言い切った。
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