第7話 三つの作戦 ① 策士エリカ

 アリサが身につけていたマイクロカメラからの配信は、実に見事にサクラが戦う様子を映し出していた。魔法で作り出した日本刀は淡く発光していて、切先の軌跡にほのかな燐光が残る。燐光は実に見事な直線や弧を描き、早すぎて残像しか見えないサクラの太刀筋が何の迷いもないことがよく分かった。暴れん坊上様を参考にしたというだけあって、緩急が見事な剣捌きはまさしく時代劇の殺陣だった。


 アリサはアリサでよく動き、サクラを気にしつつ上手く青トカゲの注意を引いている。今までアリサと他の魔法少女のコラボというと、アリサが圧倒的な火力でコラボ相手の出番もろともアザーズをぶっ飛ばすのをよく見かけたが、それと同一人物とは思えないほどの冷静な策士ぶりがコメントでも大好評だった。


 動画を見て俺が驚いたのは、時々サクラが薄く笑っていることだった。うまくトカゲの攻撃をかわせた時、アリサのサポートがいい具合にハマった時、剣戟が見事相手を倒した時。もともと端正な顔をしてる奴だが、拳で戦っている時はほぼ無表情で、淡々とタスクをこなしているようにすら見えた。普段話してる時に笑わないわけではないが、あれはなんか中学生のくせに悟りを開いてる感がある。それもサクラらしいと言えばサクラらしいが、技が決まり薄い唇を引き上げただけのその笑みは、嬉しい気持ちがポロリとこぼれた感じがして、見ている俺も嬉しくなった。サクラお前、そういう顔もできるんだな──


「昨日のコラボ動画はAPU動画平均値PVのおよそ二倍よ。他のコラボ動画と比べても一.五倍はある。サクラちゃんの復帰直後という最高のタイミングでコラボを撮れたのは素晴らしい判断だったわね」


 ……真美堂本社社屋のそれなりの大きさの会議室で滔々と語られる説明が俺の感傷がぶった斬った。二つ並んだスクリーンの左側にはサクラとアリサのコラボ動画の映像が、右側には細かな指標の推移を表したグラフが表示されている。


「貴女の戦略性の高さもよく評価されているわ。一歩引いてサクラちゃんに華を譲るなんて、素晴らしいけれど少し貴女らしくないんじゃない? 評価されたから結果としては良かったけれど、コンセプトがブレ続けるようでは考えものよ」

「はぁーい、ごめんなさぁーい」


 真美堂の社員証を首から下げた香坂エリカが、スクリーンの前で自分のノートPCを覗き込みながらブツクサ言う。その隣で頬杖をついて私服のアリサ・ピュアハートがブーたれている。その少し離れたところにスーツの俺と私服のサクラが座っていて、さらにもう少し離れたところにバトルシェイク社広報の鈴木さんと、防衛省事務局広報担当の青山さん、あとエリカの部下だという真美堂の社員が数名座っていた。


「香坂さんよお」


 俺は不機嫌を隠しもせずに皮肉げに笑って見せる。


「それで俺とサクラは予定も授業もぶっちぎって呼び出されて、おたくの広告塔の成果に拍手でもする係なんですかねえ?」

「やあね、人聞きの悪い」


 元カノはにっこりと微笑みながら──目の奥だけぎらりと光らせて俺の方を見る。


「人の話は最後まで聞きなさいよね、紀伊国さん。ちゃんとお土産も用意してあるわよ──ほら」


 エリカがPCを操作すると右スクリーンの表示がパッと変わる。


「僭越ながら『ブシドー・サクラのチャンネル』も拝見したわ。復帰戦のPV八万、登録者数一万超え、コメント三千、スパチャは六十万。大躍進じゃない」

「へーへーあざます、アリサ様に比べりゃ吹けば飛んじまいそうな伸び率ですがね」

「んもう、ひねくれてるんだから。休止期間といい復帰のタイミングといい完璧だったと思うわ、なかなかやるじゃない」

「へーへー別に俺が決めたわけじゃねえけどな」

「ふふ、謙遜しちゃって」

「人の話聞けやクソエリカ」

「聞いてないのはアンタでしょドチビナオ」


 お互いニコニコ笑いながら、付き合ってた時の──喧嘩する時限定の呼び方をして、お互いこめかみにビキッと青筋が立つ。そのままニコニコと睨み合ったが、俺は隣で首を傾げているサクラをチラリと見てため息をつく。


「……それじゃ、スポンサー様のお話を伺おうじゃねえか」

「あら、殊勝になったじゃない」

「メインはサクラにご提案だろ。俺が噛み付いたってしょうがねえ」

「ええ、そうよ、ご名答」


 エリカはパッと顔を輝せる。


「何よ、分かってるんじゃない。……不二本さん、サクラちゃんとお呼びしていいかしら?」

「はい、どうぞ」


 エリカは何事もなかったみたいなテンションでサクラに話しかけ、サクラは素直に応じる。ありがとうとはにかんだサクラは俺の記憶の中にいるいい女そのままで、俺は頬杖をついて視線を逸らした。


「サクラちゃん、貴女に提案があるの。手許のタブレットを見てくれますか? みなさんも是非」

「はい」


 俺の手元にもあるタブレット端末の表面をタップすると、「ブシドー・サクラ様とバトルシェイク社様へのご提案」と書かれたスライドが表示される。


「サクラちゃん、貴女は素晴らしい魔法少女よ。私たち真美堂は、貴女のお手伝いをさせていただきたいの。貴女はアリサと同じように、もっともっと輝くことができる。そのお手伝いよ」

「お手伝い……」

「気負わずに、フラットな気持ちで聞いてね」


 ぽつりと呟いたサクラに、エリカはずいと身を乗り出した。お前、そんなにやると机の上に乗っかるぞ? 俺以外にも男がいるんだからあんまり無防備だと……いや、何も言うまい。今は俺とエリカは何でもないんだ。


「サクラちゃんは実用性を重視して道着を選んでいるのよね? それはとても素敵なことだわ。……私たち真美堂もね、スポーツを楽しむ女性のために、スポーティでオシャレなウェアがあるのよ。もちろん軽くて動きやすくて体にフィットするわ」


 タブレットの画面が遷移し、真美堂のレディーススポーツウェアのブランドイメージページが表示される。Tシャツにいろんな丈のパンツは、確かに着心地が良さそうだ。チラリと見たサクラもじっと画面に見入っている。


「これは市販品だけど、サクラちゃんには真美堂デザインの魔法少女服をプレゼントさせていただきたいわ」


 エリカは目をキラキラさせながらサクラを見て、手許のPCを操作する。タブレットの画面が遷移し、たくさんのデザイン画が表示された。


「魔法少女の衣装って言ってもね、全部が全部、アリサみたいにプリティ路線ってわけでもないと思うの。ふわっとしたデザインはね、ボリュームがないスリムすぎる部分に自然に魅力を足してくれるものなのよ。だからサクラちゃんには、こういうデザインはどうかなあって」


 デザインは趣向の違うものがいくつかある。陸上アスリートが着るような上下セパレートで体にピッタリするもの、テニスウェアを参考にしたようなもの、新体操のレオタードっぽいもの……どれもこれも、サクラを想定したであろうガチムチボディに着せられていて、腹筋やら上腕筋やら広背筋やらが綺麗に目立つだろうな。……いいセンスしてるじゃねえか、エリカの奴。だけどサクラはどう思うかな、ほら見ろ、しかめ面になってるぞ。


「あっ、でもね、これはあくまでも私の願望だから! サクラちゃんが嫌なら、スポンサーになって無理に着せるってことはないから、そこは安心してね。リストバンドをプレゼントするから、つけてくれたら嬉しいわ」


 エリカはちゃんとサクラの表情を見て話題の方向性を変えた。分かりました、とだけサクラは答えたが、少しだけ肩の力を抜いたのが分かる。アリサが何故か得意げにサクラとエリカを見比べていて、俺と目線が合うとぎろりと睨んで来やがった。


「それでね、提案なのだけど……」


 エリカは全く動じずにニコニコとしている。


「サクラちゃんはバトルシェイク社様と契約しているでしょう? 真美堂も紀伊国さんと契約していることだし、二社合同でファンミーティングをしてみたらどうかと思うの」

「ファン……ミーティング?」


 サクラは首を傾げ、頬杖をつきっぱなしだった俺は顎がずるりと滑る。


「そうよ! 配信にいつもコメントしてくれる人がいるでしょう? そういう人に来ていただいて、サクラちゃんとお話する時間と場所を作るのよ。みんな本物のサクラちゃんと会えたらとても嬉しいと思うの!」


 タブレットのスライドが、ファンミーティングの説明に切り替わる。


「それで、せっかくなご縁だもの、バトルシェイク社様と真美堂で、サクラちゃんコラボブランドを立ち上げたらどうかなあって! それをファンミーティングの場で発表させていただいたら、みんな驚くし喜んでくれるんじゃないかしらって、バトルシェイク社様とお話ししていたところなの! ね、鈴木さん!」

「はい、ええ、先日お話をいただきまして、ある程度まで進めさせていただいております。もちろん不二本さんのご意向次第ではありますが」

「そうなの! だからね、そのブランド名を、サクラちゃんにあやかった名前にさせてもらえたら嬉しいんだけど……」


 エリカは胸の前で両手を合わせ、悪戯っぽい目線でサクラを見た。


「どうかなあ?」


 サクラはエリカをまじまじと見て、それからにこりと微笑んだ。


「いいですよ、それくらいなら」

「ほんと!? ありがとう、サクラちゃん!」


 エリカは目に涙を滲ませながら会議机に手をついて立ち上がった。


「ありがとう、嬉しい! 青山さんにも来ていただいているし、素敵なイベントにしましょうね!」

「はい」

「サクラちゃん、アリサも手伝うからね! ファンミってメチャクチャ楽しいから!」

「そうなんですか」

「じゃあ早速、日程とざっくりした流れのイメージを共有しましょう。こちらを見てください……」


 その後、エリカのファンミーティングプレゼンはたっぷり三十分続いた。タブレットに表示される資料はどう考えても断られて咄嗟に提案したボリュームと内容ではない。こいつは昔からそうだ、何事も細部までちまちまとこだわって用意周到に準備する。エリカの手品も同じで、綿密に組み上げられた精密機械みたいな演出が好きだった。


 ……ったく。楽しそうに仕事しやがって。


 俺はにやけそうになる口許を誤魔化すように、もう一度頬杖をついたのだった。





===============

読んでいただきありがとうございます! カクコン10参加中です。

気に入っていただけたら評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします!


↓ ↓ ↓











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る