第6話 カグヤとアマツキ ⑨ 初コラボと防衛軍の推し

 渡辺大佐をはじめ、会議室にいた防衛軍のひとたちはさして動じた様子もなく、きびきびと動き始める。


「──必要な話は伝えることが出来た、今日はこれで解散だ。カグヤからな何かあるかな」

[ありまへんえ。評定がお一人やろうとコラボやろうと、あくまで目安どす。結局のところ、アマツキに選ばれへんことには、どないしようおへん。魔法少女はんらで、いろいろ試してみたらよろしおすなあ]


 AIカグヤの問いに渡辺大佐はうんうんと頷くと、スマホで何か確認して、よし、と自分の太腿をぴしゃりと叩いた。


「先ほど出現したアザーズは伊豆近郊の山間部だそうだ。この場で私が緊急出動要請スクランブルを出しても構わんかね?」

「……アリサが行くわ。それから」


 仏頂面のアリサが右手を挙げながら立ち上がり、くるりとこちらを振り返った。


「さっ……」


 あんなに自信満々だった顔が、一瞬で真っ赤になってぐにゃぐにゃになる。


「サクラッ、ちゃん、も……一緒に、いこ。あっ、アリサとコラボ、してっ」


 ……今度は声裏返らなかったじゃん、とツッコみたいのを俺はグッと堪えた。あたりは少し騒がしくなり、アリサはプルプル震えていて、俺の隣のサクラはチャッピーが豆鉄砲食らった時みたいな顔をして、まじまじとアリサを見ている。


「……いいですけど」

「ホント!?」


 アリサの顔がくしゃくしゃになった。


「コラボのやり方が分からないです」

「いいのそんなのっ、アリサが合わせるから!」


 真っ赤な顔で、目をキラキラさせてアリサが机の間を縫ってこっちにやって来る。こいつキメ顔よりこういう顔の方が可愛げあるのにな。俺がじろじろ見ているのに気が付いてアリサはこちらを睨んでいたので、俺は肩をすくめながらメモをリュックにしまう。アリサはサクラの目の前までやって来ると、一瞬ためらって、それからサクラの手をがっしと掴んだ。


「行こっサクラちゃん! 渡辺さんヘリ出して!」

「ん? ああ、勿論だとも」


 スマホで誰かと話していた渡辺大佐がこちらをチラ見して生返事をした。アリサはサクラを立ち上がらせて渡辺大佐の方にぐいぐい引っ張るが、サクラは一ミリも動かずに首を振った。


「ヘリいらないです」

「サクラちゃん、でもここ厚木だよ? アザーズは伊豆だって」

「ヘリ、遅かったから。飛んだ方が早く着ける」

「えっ!? でもアリサはそんな距離は飛べなくて」

「抱っこでいいですか?」

「えっ!?」

「行きましょう」

「えっえっ待ってっ、待ってサクラちゃん」


 戸惑うアリサをさして気にせずにサクラはずんずん歩き出してしまった。俺これついてった方がいいのか? いいんだよな? 配信するんだもんな? あれでもサクラがアリサを運ぶなら、俺はヘリ出してもらわないと同行できないか? 俺も混乱しつつもサクラの後についていくと、渡辺大佐も慌ててついてくる。最初に到着したヘリポートに誘導していただくと、サクラはひょいとアリサをお姫様抱っこした。


「きゃっ、えっ、おっ、重くない!?」

「重くない」

「きゃあ、ちょっと、きゃーっ」


 アリサは大騒ぎしつつサクラの首にがっしとしがみついている。サクラは本当に軽々抱き上げててイケメン極まりない。なんなんだその上腕二頭筋は……力こぶのとこなんか俺の太腿と同じくらいあるんじゃないか? いや大袈裟か?


「そこのナオ! ちょっとこれで撮って!」

「へいへい」


 スマホを受け取った俺は撮影ボタンを押すが、アリサはキメ顔をする余裕もないらしい。スマホは配信ではなく普通のビデオ撮影になっていたから、自分でも余裕がないのは分かってるんだろうな。俺たちの後ろで渡辺大佐がヘリコプター発進の指示と準備をしていたが、すぐに腹の底から震えさせるような、ものすごいエンジンとプロペラの音が響いた。


「ではサクラくん、我々もすぐに追いかける、旅客機に気を付けたまえ!」

「はい」

「じゃ、あとでな、サクラ」


 俺はアリサにスマホを返しながらひらひらと手を振ると、えっ、とサクラは間抜けな声を出す。


「ナオはヘリコプターなの?」

「ナオはって……お前アリサで定員オーバーだろが」


 俺が言い返すと、サクラは抱っこしたままのアリサをひょいと持ち上げてみせる。


「二人くらいなら平気。右腕と左腕に一人ずつ」

「ハァ!?」

「えっ!?」

「ほら早く」


 サクラがアリサを左腕だけの抱っこに持ち替えて、俺の方に手を伸ばして来る。


「いやいやいやいや待て待て待て待ておかしいだろいくらなんでもお!」

「さっサクラちゃんっ! 落ちたりしたら危ないから、ナオさんはヘリで行ってもらお!?」


 俺は慌てて後ずさり、アリサは子供みたいにサクラの腕の中で暴れ、この時ほど俺たちの心が一つになったと感じた瞬間はない。俺とアリサが赤ん坊みたいに両手に抱っこなんてされてたまるか! サクラは少しだけ粘ったがしぶしぶ諦め、俺は爆笑する渡辺大佐と一緒にヘリコプターに乗り込んだのだった。




*  *  *  *  *




 ヘリコプターの窓から見下ろす関東近郊は、当たり前だがサクラの背中から見るよりも風が当たらなくて快適だった。サクラとアリサはあっという間に見えなくなる。渡辺大佐によればサクラの最高速度は戦闘機並みらしい。伊豆半島が近くに来た頃には既にサクラとアリサは戦闘を始めていた、でっかい青トカゲみたいなアザーズが三体、べたりと山の上に張り付いていては飛び跳ねている。ジオラマの上に子供のおもちゃをぽんと放り投げたみたいだ。サクラは刀を構え、アリサは魔法のステッキみたいなものを持ち、協力して──というより、サクラの個人プレイをアリサがフォローしながら戦っているようだ。



「……これは、ここだけの話にして欲しいのだがね」


 俺が配信をしていないのを確かめてから、渡辺大佐が悪戯っぽく笑った。この戦闘はアリサが身に着けたマイクロカメラら配信されているので俺の出番らしい出番はない。すぐ後ろの山の上ででサクラが青トカゲに斬りかかり、ドォン! と爆発音がして、ヘリが爆風に煽られる。


「防衛軍としては、サクラくんを推したいんだ。アリサくんも頑張ってくれてはいるが、やはりいたいけな少女を前線に立たせざるを得ないというのは、どうもね……」


 ヘリのパイロットや副官が、大佐の言葉にうんうんと頷いている。


「サクラくんも、少女と言えば少女だが……地球の命運をかけられるだけの十分なポテンシャルを持っている。あの素晴らしい広背筋ときたら! まだ十五歳だと言うのに、どれほどトレーニングしてきたのか想像もつかないよ」

「分かります大佐!」

「自分は下腿三頭筋推しです!」


 サクラはほとんどアリサの力を借りず、日本刀で悠々とアザーズを圧倒した。一か月前は武器はいらないとか言ってた脳筋サクラが嘘みたいだ。トカゲは見た目の通りさかさかと素早く動き、サクラとアリサに向かって飛び掛かるが、サクラは軽々と、アリサは華麗に避けている。


「だが我々も組織だからね、限られた資源を分配するのに、単に強そうだから、というだけで決められる時代ではないのだよ……彼女がランキングに興味がなかったころ、我々は実に歯がゆい思いをしていた。なあ、そうだろう!?」

「サーイエッサー!」

「上官殿の仰るとおりであります!」


 魔法で作り出した刀身は、サクラが空中を駆けて翻す度に夕日を反射してきらりきらりと光る。アリサは魔法ステッキでトカゲを牽制しつつ、サクラが一対一で戦えるようにうまく誘導しているようだ。


「だから、我々はミラクル☆ナオの活躍を心から期待しているのだよ! なあ!」

「ナオたん推せます!」

「ナオたんキレ芸キレキレッスね!!!」

「手品はなんか古臭いっスね!!!」


 俺の腰くらいありそうなバッキバキの太腿が唸り、太刀筋を避けたアザーズを恐ろしい速度で思い切り蹴り飛ばす──十メートルはありそうな巨体が、森の木々をなぎ倒しながら地面に叩きつけられ、そこをすかさず日本刀で袈裟切りにした。うわっ、アザーズどころか下敷きになった木まですっぱり切れてるぞ!? 


「手品は関係ないでしょう!!!!??? それよりサクラ見て下さいよ!!!」


 渡辺大佐や大笑いしながら俺の背中をばしんばしん叩き、俺は軍人相手にキレ散らかす羽目になった。



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