第6話 カグヤとアマツキ ⑧ アリサの言い分

 しんと静まり返る会議室内、スクリーンに俺たちの点数を映したまま、右下に小さいAIカグヤがひょこりと現れる。


[確かに、ナオはんの言わはるように考えることも出来ますなあ、なあ、渡辺はん]


 ミニカグヤはニコニコと笑いながら大佐に話しかけた。ぽかんとしていた渡辺大佐は我に返り、ああ、うん、と咳払いをする。


「世界中の魔法少女を対象に解析をしたからな、チャンネルひとつひとつの内容まで細かに精査をしなかったのは事実だ」

「でしょう!」


 俺が食いつくと、あー、そのー、と渡辺大佐は頬をかきながら言葉を探している。


「数値で決めるってんなら、その数値を納得いく方法で出してもらいたいもんですね! サクラの評定店は、俺の点数と合算! それでみなさんと平等! そうでしょう!?」


 俺が会議室内を見回すと、こちらをちらちら見ていた魔法少女たちが困惑した様子で目線を逸らしたり隣の人とぼそぼそ話したりしている。すごいアウェイ感あるがここで負けるな俺! 大人は自分の意見ゴリ押しするのに空気読んだりしねえんだよ!


「俺はこの先もずっとサクラのアシスタントだ、だから……」


 ──バァン!


 前方からものすごい音がして、机を叩いた──魔法の力も使ったのだろう、叩き割ってしまったアリサ・ピュアハートが、魔力のオーラをゆらりと立ち上らせながら、ゆっくりと立ち上がった。


「そんなのダメ。……ずるい」

「だ、だよなあ、アリサくん」


 渡辺大佐、アリサをなだめる感じに近寄ってるがちょっとほっとしたのが言葉尻に滲み出てるぞ。


「はっ、ずるいってんなら『アリサ・ピュアハート・ユニバース』の常勤スタッフさんの人数を教えてくれませんかねえ」

「……十四人だけどっ!」


 余裕綽々の俺の口調にアリサは苛々と怒鳴り返す。


「そんなにいるんだろ? ご本人様合わせて十五人じゃねえか。こっちなんてたった一人だぜ? そちらさんの点数、人数割りしたら、お一人当たり果たして何点になるんでしょうねえ?」

「……だ~か~らぁ~、そういう話をしてるんじゃないのっ!」

「じゃあどういう話なんだよ、そういう話だろ!?」

「違うってば!」


 敢えて煽るような言い方に、アリサはブルブル震えながらびしりと俺を指さした。


「何よアンタばっかり! 点数の合算とか、コラボペアで出来るとか聞いてないっ! アリサ一人の点数かと思ってたじゃない!」

「ハァ!?」

「こんなっ、魔法少女でもない女装のオジサンと配信で一緒に映ってたから合算とかっ!」


 おっ、オジサン……オッサンより地味にダメージがでかいのは何故だ……。


「アリサだってサクラちゃんとコラボ配信したし!」


 アリサは地味に傷ついたアラサーの繊細なハートには全く気付かない。くそっ。


「それなら……あっ、アリサがっ、サクラちゃんとコラボしたって、いいでしょっ!?」

「……ん?」

「ねえそうだよね、そうでしょ大佐!?」

「ん? お? あ、ああ?」


 アリサは薄暗い照明でもしっかりはっきり分かるほど真っ赤になっている。食ってかかられた大佐は全くもって事情が分かりません感まるだしで、両手をホールドアップして適当な相槌をするしかできない。他の魔法少女たちがきゃーとかちょっととか、さっきまでとは全然違う雰囲気でそわそわしだしているのを見て……俺も点目になって瞬きせざるを得なかった。


「ねえっ、サクラちゃんっ、コラボするならそんなちんちくりんミラクルよりアリサみたいに強い相手の方がいいよ! アリサとコラボして一緒にアマツキ継承しよ!?」

「なっ、なんだちんちくりんミラクルって」

「何だっていいの! ね、サクラちゃん、アリサとコラボしよ!?」


 アリサは必死な様子でサクラに訴えかけた。赤くなった頬、潤んだ瞳、笑顔になるのも忘れて泣きそうな顔。真夜中の配信で好きな人がサクラって匂わせしてたけど……。こいつ一体何がしたいんだ、なんでこんなにサクラにつっかかってくるんだ? 自分が一位じゃなくなるかもしれないのをやっかんでるのか? ずっと背筋まっすぐに座っていたサクラは、急に会議室内の全員の注目を集め──何一つ動じずに、にこりと微笑んだ。


「ありがとう、アリサさん。サクラには勿体ない申し出です」

「なら……!」

「でもサクラはコラボはしません」

「え?」

「ごめんなさい」


 サクラはぺこりと頭を下げる。アリサ相手だと妙に丁寧じゃねえか、俺にはばっさり「やらない」とか言うくせに、何だコイツのこのこの世の全てを見透かしてるかのような自信と余裕は。


「なっ……何でっ!? 断る理由なくない!?」

「サクラはアマツキはいりません。剣の道を極めます」

「じゃ、じゃあサクラちゃんは剣でいいから! アリサとコラボはしようよ!」

「ごめんなさい」


 サクラはもう一度頭を下げた。魔法少女たちのどよめきはもう大変で、渡辺さんが何か言っているのもよく聞き取れない。アリサはその場に呆然と立ち尽くしていたが、ぶるぶる震え、それから隣の席の防衛庁の事務官っぽい人に何か怒鳴っている。


「……なあ、サクラ」

「なに?」


 俺がサクラの二の腕をつつくと、サクラはニヤニヤしながら俺の方を見てくる。アリサの矛先は渡辺大佐とAIカグヤの方に向いた。周りのみんなももうずっと騒がしい。


「……いいのかよ。ランク一位のアリサから言って来たんだぜ」

「うん」

「……そうか」


 サクラの言葉はいつも短い。余計なことは言わない、自分の本分を全うするとか武士道まっしぐらで、自分がどう評価されるかなんてまるで興味がない。でもこいつは本当に強いんだ、チャンスはあるはずだって真面目にキレてた自分がアホみたいに思えてくる。あたりが騒がしいのをいいことに、俺は頬杖をついてサクラに聞こえないように小さくため息をつく。


「……ナオ」

「んー?」

「ナオは、ちんちくりんじゃない」

「は?」

「点数、ほっといてくれて良かったのに。ありがとう」

「ハァ?」


 予想外の言葉に俺の顔が頬杖からずるりと落ちる。サクラはこちらを横目に見ていたが、俺と目線が合うと妙に偉そうに笑ってくる。


「……そりゃどーも」


 俺の適当な返事にサクラは満足げに笑った──その時、ぽーん、と電子音が大騒ぎの会議室内に響き渡った。


[──アザーズが発生しました。担当官は防衛フェーズに就いてください]

「……またか! 今日は多いな!」


 アリサにギャーギャーがなられっぱなしだった渡辺大佐がきりっと老獪な軍人の顔になった。だがその直前、大佐がほんの一瞬だけホッとした顔をしたのを、俺は確かに見たのだった。



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