第6話 カグヤとアマツキ ⑦ ミラクル☆ナオ、キレる
「サクラくん!!!」
渡辺大佐の声で、俺は我に返った。サクラはアマツキの台から一歩離れ、コバルトブルーに染まった手を軽く振っている。
「よく五秒も持ちこたえたな、適性が低いと激痛でとても触るなど出来ないはずだぞ!?」
「はい、まあ、何とか」
[……ブシドー・サクラはん、と言わはりましたん?]
渡辺大佐がサクラの手に紺色のハンカチをかけてやったあたりで、AIカグヤがスクリーンの中で身を乗り出すようにしてくる。
[あんさん……妙に檜扇の扱いに慣れてはりましたなあ。日舞でもしてはりましたんか?]
「してた、というほどではないです。母が日舞の先生なので、小さい頃に真似事をしていただけです」
[さよですか……]
スクリーンをじっと見ているサクラを、AIカグヤがしげしげと観察する。
[サクラはん……お名前を聞いてもよろしおすか? 魔法少女でないほうのお名前どす]
「……不二本櫻です」
[不二本……]
AIカグヤはそういうと、口許に手を当てたまま動かなくなってしまった。何だ、カグヤはサクラの何が気になっている? というかアイツ日舞なんて出来たのか? 渡辺大佐も困惑した様子だ、アリサは……ぽーっとしてサクラを見てるな。
「それが何か?」
AIカグヤが動かないと口が開きにくい雰囲気だったが、サクラはここもずばりと言ってのけた。AIカグヤははっと我に返り、にこりと微笑んで見せる。
[堪忍え、カグヤの知っとる人に似た方がおいでやすさかい。せやけどAIのうちではお知り合いかどうか判定できまへんのや。どうぞ気にせんといておくれやす]
「……そうですか」
[アマツキ継承の試練、お気張りましたなあ、サクラはん。評定が低うても、どうぞ悪く思わんといておくれやす]
「いえ」
サクラはぺこりと頭を下げると、ハンカチに包まれた手を胸の前に押し当てながら俺の方に戻って来た。いつも通り飄々としていて、ケロッとした顔で俺の横に座る。
[大体のことはお分かりやろう思いますえ。アマツキ継承の適性があれば、アマツキに触れた時に大きな反応が現れますのや]
AIカグヤは何事もなかったかのように説明し、魔法少女たちはどよめいた。サクラは相当痛かったらしいのに、アリサに比べて平然としたままだ。
[適性がなければ触れても何も起こりまへん、ただ激痛に襲われるだけどす。継承者以外がアマツキに触れる時には、月の末の糸を織り込んだ手袋を使いますえ]
俺は腹の底がむかむかしてくるのを感じて小さく唸った。それをこの場で言うべきか。……言わないほうがいいんだろう、だってサクラはアマツキに興味がないと断言している。だから俺も何も言わない方がいいんだろう。こいつが世界を守ったくせに強くなりたいと泣いていたことも、一切の連絡を絶って魔法少女ってものに向き合ってたことも全部飲み込んで。大佐が驚くほどの痛みに耐えたってのに、あのクソみたいな評定が低かったってだけで、また最下位に甘んじさせればいい……。
いや。サクラも頑張ったが、俺だっていろいろやった。
筋トレして、バトルプロテイン飲んで、こんな服着て、コメント読んで。俺は何のために自分の仕事時間を潰してまで「ブシドー・サクラのチャンネル」の配信を続けてたんだ? こんな風に会議のちょっとしたお笑いポイントにされるためだったのか? 違うだろうがよ、俺。違うだろうが!
「……サクラ」
「……何?」
俺の低い声に、サクラが小さい声で応じる。
「お前、頼むからアマツキ狙ってくれよ」
「え?」
「はいすいません! アラサーのオッサンの魔法少女じゃない紀伊国直虎でっす質問があります!」
俺は今度は机をバンバン叩いて立ち上がった。皆さまがバッと振り返るのももう慣れっこだ。
「俺はそもそもの評価結果に納得できません! どう考えても最強はサクラでしょう! なんでサクラがアシスタントでしかないエセ魔法少女の俺より点数が低いんですか!?」
「……紀伊国さん、それはだね」
「サクラのチャンネルはしばらくサクラが出てなかったですもんね! わけわからん女装のオッサンが筋トレする謎のチャンネルでしたもんね! だから俺まで魔法少女扱いされて評定されてんだよな、分かりますよ渡辺大佐!」
「う、うむ」
「そもそもサクラ本人の評価だって、こんなに低いのはおかしいでしょう、レグルスを追い払ったのはこいつの功績ですよ!? でもその動画はアリサのチャンネルから配信されてたし、チャンネル初期なんてサクラが画面に映ってないし! そういう事情を考慮しないで、単純に動画一つ一つに対する評価を合算しただけなんじゃないですか!?」
会議室内はしんと静まり返った。怒鳴り散らしたばかりの俺の荒い息がいやに大きく聞こえる。隣のサクラはどんな顔をしてるかな、見たいようで見たくない。その代わりに俺はAIカグヤをじっと睨んだ。
[いい質問どすなあ、ミラクル☆ナオはん]
「……そりゃどうも!」
スクリーンの中の虚像は判を押したような答えを返してきて、俺はフンと鼻を鳴らす。
[確かに、ナオはんの仰る通りどす。うちが魔法少女はん達を評価したんは、日本だけやあらへん、世界中の魔法少女はんを評価したんどすえ。せやさかいお一人お一人の細かいところまでは配慮が行き届かんかったかもしれまへん。それはどうぞ堪忍しておくれやす]
AIカグヤはスクリーンの縁辺りに両手の指先を添えて、深々と頭を下げて見せた。
[それで……ナオはんはどないしたいんどすやろ? 一緒に解決策を考えさせてもらいますさかい、何でも仰っておくれやす]
「おう」
顔を上げたAIカグヤは人畜無害に微笑む。こいつの話し方は、クレームに対するAIの典型的な返答だ。こいつに俺が腹立ててる理由をとうとうと説明しても無駄だ、話をきっちり先に進めないと。
「俺はサクラのアシスタントだ。動画配信をうまくやってチャンネルを盛り上げるためにあれやこれや工夫してる。そんなの魔法少女なら多かれ少なかれみんなやってるよな?」
[そうどすなあ]
カグヤはにこにこと頷く、魔法少女たちも居心地悪そうにもぞもぞするあたり、みんな心当たりがあるんだろう。誰だって人の手を借りるんだ、別に悪いことじゃない。そうでなきゃ、人気チャンネルのあんな画角やそんな構図で撮影できるわけがないんだよ!
「サクラがいなかったこの一か月だって、ランキングを落とさないようにバトルプロテイン飲んで筋トレしてこんな服だって着たさ。でも俺はアシスタントで、魔法少女じゃない。何度も言うが、この服は真美堂様とのスポンサー契約であって、断じて魔法少女じゃない。俺は男だしな」
[まあまあ、男の人やったんどすか? こないに可愛らしいのに]
あーもーAIうるせえぞ! そこでそれまぜっかえしてくんな! 俺は話を先に進めるために何とかその言葉を飲み込む。
「……でも、他の魔法少女のチャンネルは、アシスタントの頑張りはすべて動画の出来栄えになって、その子の点数になったわけですよね?」
[確かにナオはんの言わはる通りやわあ]
「そしたら……俺を魔法少女と誤認してつけた点数も、アシスタントの働きとして、サクラの点数に合算するべきじゃありませんかね?」
[……なんて言わはりましたん?]
最初にAIカグヤが微笑んだまま聞き返し、
「……紀伊国くん、何と言った?」
渡辺大佐が怪訝そうな顔で腕を組み、
「……ナオ?」
最後にサクラが首を傾げた。
「カグヤさん、俺の点数とサクラの各項目の点数を足して……上限が十ですよね、超えた分は差し引いたとして……合算の総合点を出してみてください」
俺はごくりと生唾を飲む。大丈夫だ、緊張なんてステージで何回も経験してる。
「総合点は……アリサ・ピュアハートを超えるはずです」
「えっ!?」
最前列のアリサが上ずった声を出してこちらを振り返った。手にかけていたタオルが落ち、青いままの指で俺のことを指さしてくる。
「アンタ何言ってんの!? サクラちゃんにいい加減なこと言わないで!」
[計算出来ましたえ。ナオはんの言わはる通りになりましたなあ]
スクリーンにアリサ、サクラ、俺の点数が表形式で映し出された。俺の横に俺とサクラの合計点も追記されている。もともと一人で二十まで振り切ってたフィジカルのほかにも、感受性と視覚的魅力が十を超えた。総合点、アリサ・ピュアハートは六十七。サクラは二十七、俺は四十六、俺とサクラを足して……一項目で十を超えたところは十に切り捨てられて、それでも、七十一点。
「えっ……噓でしょ!?」
スクリーンを見てアリサは絶句する。美人魔法少女がこちらを振り返り、わなわな震えながら俺をぎろりと睨むのを見て、俺はふふんと手品で大技を決めた時のドヤ顔をしてみせた。
「こうやって評価したら、ブシドー・サクラがアマツキに一番近い魔法少女になるんじゃないですかねえ!」
俺は、俺の隣でまじまじとスクリーンを眺めているサクラの肩をばしんと叩いた。
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